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カンボジア・⑧・ベンメリア遺跡


シェムリアップ市内から往復2時間かかる場所にあるベンメリア遺跡は、まだすべてが解明されて無い遺跡だそうだ。

そこは手付かずのジャングルの森の奥深くにひっそりと残っている感じの遺跡だった。

私はツアーで訪れた中ではこの遺跡が一番良かった。木漏れ日の当たる遺跡の感じが、長い年月「そっとここに居ましたよ」と小さく訴えてる感じがした。


入り口周辺でバスを降り、遺跡群が有る場所までの砂ぼこり舞う赤っぽい道を歩いていたら、ガイドさんが両脇の茂みの窪みを指差して「あのくぼんだ場所は地雷で吹き飛んだ痕に出来た池です。」といたって普通に説明する。

青い色の看板は周辺に「地雷があるので気をつけて下さい」という警告文みたいな事が書いてあるらしい。

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地雷が吹き飛んだ後に水が溜まって池になったという場所にはハスの花が咲いていた。

ガイドのパレットさんは、まだ10歳ほどの時、地雷を踏みそうになったという話を詳しく歩きながらしてくれた。

まだ戦争の傷跡が残る中、遺跡による急速な発展とそれを糧にして生活が成り立っている環境がカンボジアの姿だった。

すぐそこに地雷がある暮らしって何だろう。
何も不安も無く生活出来る自分が申しわけ無いような気がした。
そして戦争は嫌だとつくづく思った。


この遺跡は希望者だけのオプションだったが、前日までの遺跡と違って、訪れてる人数も少なくてゆっくり見て回れた。

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高い場所から全体を見回すと、崩れた遺跡に苔が生えているのが良く分かった。


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変わった形のゴミ箱があった。タイヤみたいなゴム製っぽい素材で出来ていた。

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遺跡に彫られてるデバター(女神像)も皆、温和な顔立ちをしていた。

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「海外旅行にはいつも一人だ」と話す単独参加の年配の男性(70代)もこの遺跡を堪能していた。

何故一人参加なのかというと、奥さんがまず飛行機が嫌いなのだそうだ。それとトイレが近いのが不安で海外旅行は駄目なんだそうだ。


確かに70を越えると、足腰はもちろん、そういう理由で海外旅行が無理になって来るんだという現実的な事を教えられた。今年、還暦を迎える身の私としては、そう遠く無い話だなとちょっと考えた。


不思議な事に40代から50代前半までは老後は遠く感じたのだが、50代後半になり、もう60になろうとしている今では70代の気持ちがとても理解出来る。


こうして人間は歳をとって行くんだなと思ったが、12世紀あたりからずっとこうして建ってる遺跡を前にすると、人間の寿命、長くても100年なんて大した事が無いような気がして来た。


壮大な長い歴史を持つ遺跡を前に、元気なうちにやれる事をやっておこうと妙に勇気をもらった気がした。


歩いて、またバスに乗ってシェムリアップ市内へと戻って来た。
そして他のツアーの人達と合流してお昼ご飯を食べにレストランへ向かった。


~つづく~





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by mismis10 | 2018-03-14 23:22 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・⑦ベンメリア遺跡へ行く道

カンボジア最後の日。

私達グループ6人と数名のツアーメンバーはオプションで頼んだベンメリア遺跡へと向かう。
泊まったホテルのあるシェムリアップ市内から往復3時間かかる遺跡だ。

ベンメリア遺跡は、アンコールワット遺跡よりも前か同時期辺りに建てられたらしい遺跡だという。

森の奥深くに有ったせいで発見が遅れ、しかもまだ全貌がすべて分かって無いらしく、もしかしたらアンコールワット遺跡をしのぐ規模の遺跡かもしれないとの話だった。

敷地近くにはまだ地雷があるらしく、密林の奥深くその姿がある。そこに向かう。

例の昭和の感じのするバスで走る。

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私の中でカンボジアのイメージは行く前と後では違った。

シェムリアップ市内は世界中から集まる観光客のためにシェラトンやパークハイアットなどの有名な高級ホテルが沢山立っていた。大都会である。私達のようなツアーばかりでなく、個人でも沢山の人達が世界中からやって来る。こうした人達が落とすお金で経済が回っているのだ。


しかし、その市内から40キロぐらい離れたベンメリア遺跡へ行く途中、しだいにその街の風景が変わって行った。

バスの窓からその風景を見てるだけでも興味深かった。
こうして世の中の人達は皆生きて生活してるんだなぁとしみじみ思った。

観光地に行った時、こうした普段の生活をかいま見るのが大好きだ。
何の変哲も無い風景を見るたびに、あの風景とそこで暮らす人達を何度も思い出す。




最近舗装されたばかりだという道の脇には、果物やゆでたトウモロコシやらを売ってる露店があった。少し前までは赤茶けた土埃の舞う道だったという。


バスの中から見える家はヤシの葉やトタンの屋根に高床式の家。

雨水を貯めているのか、人の身長ほどある大きな瓶が並んでいた。そこから水を汲んで、身体にかけている少年の姿も見れた。

途中の市場があるような繁華街みたいな通りでは、ぶつ切りの肉がぶら下がったまま売ってる店も有った。

ガイドさんが言うには、皆、貧しいので、子供達は家の焚き木の為に木々を取りに行ったり、キノコなども採ってくるのだそうだ。家族でアジぐらいの大きさの川魚を皆でつついたりして、肉はそれほど食べる訳では無いという。

そんな話から次第に自分の少年時代の話になった。通りに面した小学校が自分の出た学校だと教えてくれた。

お母さんは現在も存命で、この近くに住んで農業をしているという。

シェムリアップに住む彼は時々訪ねると言ってた。

その母親はポルポト政権時代に、すんでのところで殺されそうになった話などを話してくれた。カンボジアの3分の2の人達が殺された事からすると、今生き残ってるお年寄りは壮絶な体験をしているのだろう。

発展途上の国で、都会の街はどんどん近代化されているが、ほとんどの人達はこうした農業で身を立てている。

バスの前の方に座っていたので、ガイドのパレットさんはマイクは使わず、寝ている人達を邪魔しないように私を含めた前方の席の人達に向かって色々な話をした。

今の政権を握ってるフン・セン首相の独裁政治がいけないのだと政治の話にもなった。

彼は「子供達に教育をさせないのが一番いけない」と力説していた。

学校も少なく、まるで国家の権力者が国民が賢くなるのを阻止しているかのようだと。

そして教育の場の先生の待遇もとても悪く、もらった給料では妻子を養えないので、副業として教室にお菓子やノートなのど文房具などの商品を並べて売っているのだそうだ。

生徒もその親もそいう事情を知ってるので、教室でそれらを買うようになっているのだそうだ。ガイドさんが学校に通っている頃はずっとそうだったと話していた。


流暢な日本語で自分の国の今や将来を心配して語る彼の話は、カンボジアのこれからの事を真剣に考えているのが伝わって来た。

帰国してしばらくして、そういう現政権の事を調べてみたら、彼が言ってる事が真実だったと思える記事がたくさんあった。

彼は話の最後に「こんな状況を変えるには私がそのうち政治家になるので応援してくださいね」なんて冗談を言っていたけど、案外本気でしゃべっていたのかも知れない。

動画を再生させるたびに、ガイドさんの話やカンボジアの人達の事を思い出す。


~つづく~




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by mismis10 | 2018-03-11 09:53 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・⑥宮廷舞踊・アプサランダンス

夜はシェムリアップ市内の大きなレストランで宮廷舞踊を見ながら、アジアン料理のビュッフェスタイルの夕食だった。入り口には、やはりお決まりのお供え物の飾りがあった。Amazonの名前が出てるということは、そういう系のレストランなのだろう。


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何千人も収容出来そうな感じで、写真は撮らなかったが、周りにはビッフェ形式に自分が取りたい料理が並んでた。

そこに取りに行くまでに小じゃれたデザインされた小さな小川や橋まで作られて有った。


それはそれで良いのだが、そのせいで何やら小さな虫もいたようで素足の部分を蚊か何かに刺された。お隣の人も同じような事を言ってたのでバックに入れて行ったムヒを渡した。乾期に行ってこれだと夏は大変かなと思った。でも向こうの人達は全然平気そうだった。


レストラン内はとても広くて舞台までが遠く動画や画像が上手く撮れなかった。

凄い美人の踊り手の女性が居たので単独の舞踊の時に前のほうに移動して動画を撮ってみたが、後で見たら表情や衣装の色が実際のとは違ってイマイチだった。

今回も動画や画像はすべてiPhoneだったので仕方ない。iPhoneは近くの物を映すには良いが遠くは無理がある。

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ガイドさんの話では、この舞台で踊っている人達は小さい時に舞踊学校に入り、厳しい修行で一流の踊り手になるのだそうだ。まず、あの指を全部思っきり外側にそった手の形にするために、小さい時から手の指をそらす訓練するのだそうだ。(痛そう~)

踊りを見ながら自分の手の指をそらしてみたが、まったくあの形にならなかった。当然ではあるのだが、ついそうしてしまった。


しかし、もっとも大変なのは、終始、踊りが中腰で腰をそらせている事らしい。(あー、ますます絶対に私には無理だわ。)


最後にステージで写真撮影とかの時間があって、おねーさんと撮影したい人達が上に上がるようになっていた。


旦那さんが上がって行って、一生懸命に奥さんが写真を撮ってるツアーの仲間も居た。
うちはそういうのは駄目でやらなかったが(笑)上がった人達は皆、楽しそうだった。


この後、オプションで市内のナイト・マーケットツアーが有ったが私達はホテルに戻った。

もう、ホントにくたびれてしまったのだ。でもちゃんと夜のコースに出かけた高齢者のメンバーも居た。(元気だわぁ)


~つづく~


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by mismis10 | 2018-03-10 23:17 | 2018・ベトナム・カンボジア