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雑多な日々の出来事


連日寒さが続くので、つい鍋モノが多くなる。

鍋料理大好き人間の夫のおかげで連日の鍋にまったく不満無しっていうのが助かる。
しかし連続4日間が鍋料理って、いかがなもんでしょうか。

木曜日「海鮮鍋」金曜日「ゴマ味噌鍋」土曜日「カレー鍋」日曜日「キムチ鍋」

「カレー鍋」っていうのは初めてだった。
某・CoCo壱番っていうカレー屋さんとのコラボ商品の鍋の素を発見。
おそるおそるやってみた。
ジャガイモや人参、お肉も入れ、ウィンナーもと書いてあったが、これは入れなかった。

結果、カレー汁を食べてる感じ。
最後に、うどんで〆たら、カレー南蛮風になってしまった。
旨いかどうかは微妙。
子供だったら喜ぶかな。おじさん、おばさんが食べる鍋じゃ無い気がした。
やはりカレーはカレーライスが良いかも。という感想。

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某日。友人達と会食。
ランチだけでは物足りず、場所変えて、また話す。

電化製品の話で盛り上がる。
某友人宅は、最新の電化製品がいつもある。
買うのはいつも最新の品で、一番高い品。

もう一人の友人宅も同じだろうと思っていたら、やや私の側だったのでなんとなく安心する。

それにしても先日買った電気釜が、私的には清水の舞台だったのに、友人宅のそのずっと上を行くお釜の金額を聞いて愕然とした。
もしかしたら貧富の差かも。
その割に「米が高い」とぼやいてるので大笑い。

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「塩麹」に興味あり。
去年の秋あたりに本屋で見て、買うか買うまいか悩んで結局止めた本。
どうして止めたかというと、放射能で先が見えないのに「麴」なんかにうつつをぬかしてはいけ無い気がしたから。でもよくよく身体の事を考えたら、やっぱり買うかと行ってみたら、あんなに沢山あったのに一冊も無い。

結局、3件ほど本屋を回ったが無いのでアマゾンに頼もうと思う。

麴も福島県産の米からでは危ないかと思い山形にインターネットで頼む。
何だかすごく注文が殺到していて、届くのはずっと先だそうだ。
お隣の県だから即手に入れられるかと思いきや、そうなんだと世の中の動きをしばし思う。

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買いに行った本が無いのに「骨盤枕」の本を買う。
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枕が空気を入れて膨らますヤツで、あの飛行機用の機内用首枕のような感じ。
しかもチープな感じで、長く持たない風な作りだ。
まぁ私が長く続くか、付録の枕が駄目になるかの競争って感じもする。
真剣にやれるようならバスタオルで枕を作ろう。

まだ2日目だから何も変化無し。
当たり前か。

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by mismis10 | 2012-01-30 01:37 | 日常あれこれ

渡辺謙氏スピーチ in ダボス会議


2012年1月26日の東京新聞に、全文が載っていたという。
記録として残して置きたいと思った。
少し長いですが静かに、反原発を訴えている気がしたので。


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初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。
人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。
しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。
世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。

しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。
それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。

そこに何が残っていたか。
何も持たない人間でした。

しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。
それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。
それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

「絆」、漢字では半分の糸と書きます。
半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。

困っている人がいれば助ける。
おなかがすいている人がいれば分け合う。
人として当たり前の行為です。
そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。
多くの外国から支援者がやって来てくれました。
絆は世界ともつながっていたのです。
人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。

しかし度を超えた成長は無理を呼びます。
日本には「足るを知る」という言葉があります。
自分に必要な物を知っていると言う意味です。
人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。
こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。

「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。

今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。


【kizuna311】
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by mismis10 | 2012-01-27 21:02 | 東日本大震災

命と引き換えに


作家の塩野七生氏が、インタビュー番組の中で言っていた。

『ローマ帝国があれだけ続いたのは、統治していたリーダーが、命と引きかえに国を治めていたからだと。今の日本じゃ、そんな政治をする人なんか居ない。何かが起これば、せいぜい「御免なさい」と謝って辞めるってくらいだ。』

確かにそうだと思った。
上に立つリーダーが自分の命と引き換えに国を動かしているとは到底思えない。

今の総理大臣だけの話では無く、各分野のリーダーが、果たして自分の命と引き換えに自分の与えられた仕事をしているのだろうか。
そうは思えない。

自宅のポストに、めくると印字されているハガキでの固定資産税の領収書が届いていた。
私達はちゃんとこうして納税もして国民の義務も果たしている。
しかし今の福島での私達の暮らしぶりは、まったく馬鹿にされている状態だ。

これだけ汚染された中で生活を強いられてもきちんと国家という形態を保つための税金は他の国民と同じように支払っている。
それなのに、また税金を上げる話なんて聞きたくも無い。

東京電力福島第1発電所が収束しないまま、何も生活が安定しない中で、未だに続く地震のせいで、いつまた「あの原発」が大変な事になるまいかとちょっとした揺れが起こるたびに冷や冷やする。

大きな地震が来る話がTVや週刊誌で取り上げられるたびに、自分達が住んでいる家ばかりで無く「あの原発」の事が気になる。

ただその存在だけで、これほど私達の生活に影を落とす。
人間が制御出来ない原子炉でのエネルギー供給は間違っている。

それなのに国は、原発の再稼動をあくまでもすすめるつもりだ。

本当に原発が無ければ私達は困るのだろうか。
貧しい生活に逆戻りするのだろうか。
以前の生活はそれほど貧しい生活だったのだろうか。

私は東京タワーが出来た頃に生まれ、高度成長期の中、ひたすら日本が世界の経済の桧舞台へと出ようとやっきになってる時代と共に育って来た。

子供の頃は、今のように何でもかんでも便利な時代では無かったし、電気も、しょっちゅう停電したりしていた。でも「あぁ、また停電だね」とか言いながら、ろうそくの明かりで家族が一部屋に集まっていたりした。

そうしているうちに、時間が過ぎてパッとまた電気が点くのだが、あの薄ぼんやりとした灯りの時間が子供の私は、けっこう好きだった。

経済成長と共に何もかも便利になった所で、心が癒されない環境で放射能と共に暮らすこの生活が人間的だとは思えない。

この大震災で、今の時代に生きる人達は、あの怖さを味わったはずだ。
むしろ、若い人達のほうがこの厳しい現状をよく把握している気がする。

それなのに、国のリーダーというか日本を引っ張っていく人達の中に、今一度立ち止まって足元をみようという考えの人はいないのだろうか。
命をかけてやろうという人は出ないのだろうか。
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by mismis10 | 2012-01-26 23:58 | 東日本大震災

雑多な日々の出来事

某日。
夕方から飲み会の会場へと夫を送った。
みぞれになったり雪になったりと断続的に降る雪のせいで、市内の道路は渋滞気味。

夫が送って欲しいと言ってる場所と会場名がどうも違う気がする。
私は「そこは○○○」と言いたいのだが、その名前がどうしても出て来ない。

あぁ、勘違いしている夫もきちんとした名前が即出ない私も、老化まっしぐら。

結婚式場も葬儀会場も、紛らわしい名前が多くて困る。

まぁ一番混乱しているのは自分達の頭だと、そう思う今日この頃。
しかし、夫は全然そう思っていない。
相変わらず根拠が無いわりに強気な姿勢。恐るべし。

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某日。休みの朝。
早朝、メールで起こされる。
早朝の電話は母の場合が多いがメールは誰だろうと見たら、某友人。

始発の新幹線で温かい下田の温泉に行くとの話。
韓国には行かないの?と書いてあった。

そういえば、去年の今頃、
ヒョンビンのドラマ撮影地ツアーに行く新幹線で彼女と偶然会ったのだった。

私は、今日は韓国には行かない。本屋に行くと返事。

去年の今頃、今のこの福島の状態を、私達は想像もしていなかった。

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iPhoneに続き、iPadを購入している友人が増殖中。
いつだったかラーメン屋さんでも、待ってる間、脇のバックからあの薄い画面を取り出して
使い始めた若い女性を見た。ごく当たり前に使っていた。

確かに、あの大きな画面だと「例のなめこ」もかなり収穫しやすそうだ。
私のその後。
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すべての「なめこキャラ」が出ないまま、カウンターのNPの数字を全部使い切る。
しかし、そのまま続行中。あと6体出るまで。

この「なめこ」もiPadなら迫力ありそうだ。

ソフトバンクからは、お誘いのメールが時々来る。
しかしながら、まだ買うまでの決心がつかない。

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某日。炊飯器が壊れた。
一大決心して結構な金額の電気炊飯器を購入。

本当は、何でもいいやと、行った電気店。
炊飯器コーナーに居た若いおにーさんに負けた。
「絶対、これで焚くと今までのは何だったっていうくらいの米になります。」
「私ん家(ち)で、2週間メーカーから借りて焚いたんです。本当です。」
「米のひとつぶひとつぶが立ちます」
そう熱弁をされた。

だんだんその気になってしまう。
炊飯器に、この金額はどうなのって思ったけど、買って帰って焚いたら本当にマジで旨い。

毎日の事だから、結果オーライだったかも。
米って大事だし。
こんなに大事な米を汚した原発事故が憎い。噛み締めながらそう思った。

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プチ断捨離がマイブーム。
冷蔵庫の不明な品々一掃へ。
賞味期限切れの品や、いつのモノか判らない冷凍庫のモノを捨てる。

しかし、よく考えたら、3・11以前のモノのほうが安心出来る品かもしれなかった。
いわば手に入らない貴重で大事な食品だったかも。

捨ててしまった後で気がつく。いつもそう。

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by mismis10 | 2012-01-22 23:55 | 日常あれこれ

映画「マイウェイ 12.000キロの真実」

久しぶりに映画館へ。
韓国映画「マイウェイ12.000キロの真実」を見てきた。
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「シュリ」や「私の頭の中の消しゴム」のカン・ジェギュ監督の撮った25億円をかけた大作。
ヒョンビンが兄貴と慕っているチャン・ドンゴンが日本人俳優のオダギり・ジョーと組んでの作品。韓国ドラマや映画を見ている人なら、「あっ、この人」と思う俳優さんも多数出ていた。

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ヒョンビンと「百万長者の初恋」での共演や、入隊前に撮ったビールのCMで一緒のイ・ヨニがチャン・ドンゴンの妹役で出ていた。

「ノモンハン事件の日本VSソ連」
「ナチス・ドイツのソ連侵攻によるソ連VSドイツ」
「ノルマンディーでの連合国軍VSドイツ」
という3つの戦争が時の流れの経過に合わせて出て来る。

戦場のシーンの撮り方が半端なく臨場感あふれていて、いろんなカメラアングルを駆使しているので、そういっては何だが見ているうちに自分がその戦場にいるようで辛かった。

とにかくソ連の戦車の攻撃シーンやノルマンディー作戦の時の連合国軍の上陸シーンや空からの攻撃シーンなど、リアル過ぎて上映中も自分が爆撃されてるようで怖かった。

それだけお金をかけたのだろうが、私は戦争映画はやはり苦手だと見るんじゃなかったと後悔した。映画館を出る頃には、もう心底ぐったり。

で、この映画。公開前からいろいろ話題だった。
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オダギリ・ジョーは自分の名前のサインをせずに「こうだくみ」なんて書いたものだから、韓国のネチズンから「侮辱している」と騒がれた。
冗談は駄目だよ。国際的問題になってしまうから。

映画の中で「日本海」と書いた表記の地図が出るやいなや、これも韓国内で、猛抗議にあったらしい。

映画の中でも、もっとも差別主義者の日本兵を演じるのが、今や時の人の山本太郎だった。この人がむやみやたら「朝鮮人」と連呼しながら朝鮮人兵士を痛めつける役だった。

何かにつけて「天皇万歳」を出して無理強いする悪い典型的日本人の描写も付き合って見てるだけで疲れた。まぁ韓国の映画だから、こうしないと向こうの大衆が許さないのだろうな。

あとは、チャン・ドンゴンの日本語が、どうしても聞き苦しい。
けっこう韓国俳優さんは流暢な日本語を話すのだが、ここぞというオダギリジョーとのシーンで、妙な感じの日本語で台無しにしていた。韓国映画だから、むしろ韓国語でやれば心情が伝わるような気がした。

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脇役のキム・イングォンの話す日本語のほうが流暢で演技も自然だった。
しかもこの俳優さん、ホントにいい人みたいで、例のオダギリジョーの悪ふざけサインの弁明もしていたようだ。
「昨日、オダギリジョーさんが『こうだくみ』とサインした海雲台(ヘウンデ)の飲食店を2度も訪ね、謝罪をしました。『マイウェイ』の仲間として、過ちを認めて謝罪することを知る兄さんを誇りに思い、ツイートします」と述べている。

ただ、ロシアのあの寒さの中、帽子を被ってなくて大丈夫かとそれにばかり目がいった。
頭の上の雪が気になり、酷寒のロシアで、あれは無いだろうとか思う。

戦場の様子はリアルだが、至る所で史実が曲げられてるのも気にさわる。
おそらくそういうストーリーに描かないと韓国では受けが悪いのだろう。

最初のノモンハン事件あたりの描写で、懲罰のため朝鮮人への徴兵制度はまだ事実上運用されていなかった。それが行われるのは終戦間際になってからだ。そうした歴史はあったのだから、それはそれで戦争の汚点として理解はしている。でも、あれだけの大作の戦争映画なら史実にもとづいて欲しかった感がある。

KーPOPや韓流のファンの若い女性とかは、すっかり信じてしまいそうな気がした。
あぁ、でもこの映画にはそういうファンは行かないかも。

2時間25分の大作。
爆破シーンが好きならばいざ知らず、私は駄目だな。今度は選んで行こう。

ヒョンビンの映画が見れないからと、同じ事務所のチャン・ドンゴンへ義理を果たしたのだが、どうも失敗。すごく疲れた。今の私には、もっと癒し系の映画が良かったな。


見終わった後、スタバのお茶で、なんとか復活して帰って来た。



【マイウェイ12.000キロの真実 公式HP 】
※画像はお借りしました。
※俳優さんの名前は敬称を略しました。
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by mismis10 | 2012-01-19 23:01 | 韓国ドラマ(HYUN-BIN関係)

老人の独り言

私が実家に行った時は、必ず母をドライブに連れ出す。
助手席に座っていただけでも、腹筋の運動くらいにはなるかと思うのでそうしている。

だいたいが買い物も兼ねているので、ほぼ同じ県道を走る事が多い。

母はいつもの見慣れた風景を見て、古い町並みの続く通りで同じ事を言い、自分と何十年も前に縁のあった桜の古木を見ては、また同じ事を言う。

数十回も同じ場所を通っても、数十回もほぼ同じ台詞を言うのだった。

昨日、そうした、いつもの儀式みたいに同じ話を聞きながら県道を走っていたら何だか上空でパタパタパタという音がした。ヘリコプターだった。

更に向こうから、パトカーが数台連なって走って来た。
また機動隊が乗るような網の張ってある警察車輌も数台走って来た。
ただ、それは原発の方向へではなく、そちらの方向から戻って来る向きだった。

連なったパトカーや機動隊のバスを見ると、原発が危ないのかと思ってしまう。
悲しいけれど3・11以来、身に付いた癖だ。

4号機の事で夢までみた私だったので、一瞬だけ焦った。

でも、反対から帰って来る感じだったので危機感があるという訳ではなく、何かの訓練なんだろうかと考えた。ただ震災直後ならまだしも、最近、こうした何台も連なったパトカーや警察車両を見たのが久しぶりだったので驚いた。
車のラジオとかをつけてみたが、特に変わった様子は無い。

走っている車の中だったので、こうした状態の時に万が一避難をしろとか言われたら、どうしようかと少し考えた。普段いつも通りに日常生活をおくっていても大きな地震やこうした車両をみると、どうしても3.11を思い出す。

おりしも、阪神淡路大震災から今日で17年。
その時、震災に遭われた方達も、こういう思いを持ち続けているのかもしれない。

私が福島の震災の事をブログで書くようになってから、本当によくメールをおくってくれるひとりの友人がいる。彼女とは実際に会った事も話した事も無い。ブログを通じてのお付き合いが最初だった。

その彼女自身が、阪神淡路大震災を経験した方だった。

いつも送ってくれるメールには、何だか表現が難しいのだが根底の部分でとても心が癒される。私の震災経験などはとるに足らない話だが、彼女の話は気持ちの上で通じるものを感じる。もちろん震災の話ばかりでは無く、たわい無い話でもこうした友人の存在は貴重だ。感謝したい。ありがとう。

さて話は戻って。
その日の夕方のニュース報道で、あのヘリコプターと連隊の理由が解った。

アメリカのルース駐日大使が、震災後初めて被災地の福島を訪れたらしい。
どうやら、その護衛だったようだ。

他の東北の被災地には行っていた大使が福島に来たのが初めてなのには少し驚いた。
それは以前、彼が歴代の大使の中で、戦後初めて広島、長崎の原爆地を訪れたという報道を見たから、そういう人は、即、こうした所に来るのかと思ったからだ。

でも、ただ来ましたよという感じの訪問でもないらしく、数日かけて、いろんな場所に出向いているようだ。更に、アメリカの原子力規制委員会やエネルギー省の専門家を連れて来たというので、何か思惑があるのかとか、そういう事も頭の中で考えた。

その後、県庁を訪れたようだ。
ただ、これまたお決まりの風評被害云々をその大使に向かって話す県知事の話には正直うんざり。勘弁してよ。もう、これだけいろんな所で放射性物質が出てるのだから、風評でも何でもないだろうと、画面を見ててそう感じた。

もう、そういう言い方はやめようよ。知事。
毎度毎度、同じ事を言っていたら、老人の独り言と同じだよ。
先に進まないと。
今の放射能被害をなんとかするために、やってもらえる事は、日本の国でも、この原発を強く勧めたアメリカという国にもやっていただこう。
それだけ私達福島県民は切羽詰った環境にいるのだから。
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by mismis10 | 2012-01-17 23:54 | 東日本大震災

夢と現実

久しぶりに夢をみた。
ていうか、人間は常に夢を見ているらしいけれど、朝起きた時に覚えていないらしい。
だから今回は覚えていたのだろう。

車で何処かに向かって走っている夢だった。

それも、家族みんながそれぞれ個別に一台づつ車を運転している。
どういう訳か、今は一人でちゃんと歩けないような母までが車を運転していた。
何処かへ向かってるのかは、夢だから分らない。
でも、落ち合う場所に向かっているようだった。
ところが母の車が集合場所に見当たらないと探している所で、目が覚めた。

あぁ、夢だったんだと。安心した。

どうして、そういう夢を見たか。
眠る前にインターネットで東京電力福島第一原発の4号機が危ない。
逃げるルートを確認しておいたほうが良いなんていう記事を見たからだ。

ここの所、計測されたセシウムの値が去年の10月、11月に比べて高いのだそうだ。
4号機の使用済燃料プールがいったいどうなっているのか詳しく分らない今、大きな地震がまた来たら、例の最悪のシナリオが通ってしまうという。

そうなると、福島どころか、東京、神奈川あたりまでが避難の対象になってしまうのだそうだ。
だから、各自ルートを考えておいたほうがいいみたいな記事だった。

でも、本当にそんな事になったらどうするのだろう。
なんだかそういう記事を読むと、何もかも空しくなる。
ようやく普通に暮らして行くようにと平静を保っている所だったのにと不安になる。

いったんそうしたモードになると果てしなくマイナスの気持ちになるものだ。
何かを買うか買うまいかと悩んだ時も、どうせ逃げるようになったら買っても無駄だ。とか。
そういう事を考える。

春のガーデニングの本をみると、あぁ私はそういう事が出来ないのでは無いかと思う。
いちいち何でもそういう気持ちへ結びつく。

そうした中、また川俣町の米からセシウムが出た。
それを流通に乗らない米だからと発表しなかった福島県。
今、私達福島の人達が、こうした事をきちんと示さなかったら、どんどんひどい事になる。
風評被害うんぬん言う前に、科学的な事実は正確に示さないと駄目だと思う。

更に、二本松の新築マンションの基礎工事のコンクリートの中にもセシウムが混入。
室内のほうが、室外よりも高い放射能線量が測定された。

なぜ、分ったかというと、その新築マンションに住む中学生のきょうだいの積算線量調査からだそうだ。
しかも、このマンションは、原発事故の被災者の借り上げ住居にもなっているという。

詳しく調べたら、このマンションのコンクリートの中の石は、計画的避難準備区域になった浪江町の砕石場の石だったそうだ。区域が指定される前の3月25日から指定されるまでの4月22日まで毎日採取していたという。

それらの材料が建築材料の石として使われたそうだ。
今のところ、建築資材の放射線量の法律や基準は、まったく無いのだそうだ。

あぁ、もう何処にも此処にもセシウムが入ってしまっているのだろうか。
福島が、どんどん汚されていく過程がじわじわと露出している。

あの3.11以前の福島に戻してほしい。
こんな風になったのは、夢であってほしい。
今の現実が夢であってほしい。
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by mismis10 | 2012-01-16 09:32 | 東日本大震災

守る

最近「冷え」がひどい。

若かりし頃は「冷え」なんて言葉、全然関係無かった。

「手足が冷たい」とか言ってる友人らの言葉もピンとこないくらい末端まで温かい手足の人間だった。握手すると凄く温かい手をしてるので驚かれた。

それが、ここ数年はとにかく冷えるのだ。
腰も冷えるが、特に足。膝から下の冷えが尋常で無い。
それもどういう訳か、足の指先よりも、ふくらはぎの下のあたりのアキレス腱の辺りが冷える。末端が冷えるならば足先だと思うのだが、どうも変。

腰も冷える。
私は腰はその部分だけが冷えるのかと思っていた。
ところが先日、友人が「腰が冷えるというのは、お尻が冷えるからだ」と教えてくれた。
確かに、お尻は脂肪しか無いもんね。
お尻を温めると腰の冷えも楽になる。初めての学説。知らなかった。

私は、もっぱら珈琲党だが、ショウガが冷えに良いと言われたら、ショウガ湯、ショウガ紅茶、ショウガ蜂蜜等、とにかくなんでもかんでもショウガ入り飲んでみた。鍋や味噌汁などにも、ショウガをすり下ろして入れている。

こうして食物で体内から身体を温める一方、例のリンパマッサージにも行き身体の血液の流れも良くしている。
更に、このリンパマッサージの施術院で教えてもらった腹巻やレッグウォーマーや下着まで、冷えを緩和するモノを身につけるようになった。つい最近では、パジャマもネットでみつけた。

それらは、皆けっこうなお値段だ。
下手をすると、外側に着て見える洋服よりも見えないインナーのほうが高い場合もある。

でも、そういう目的の品は確かに温かいし身体がラクになる。
EM菌が練りこんである繊維とか、説明を読んだだけでポカポカしてくる。

しかしEM菌って、私の中では「堆肥」とかのイメージしか無かったが、
こうして繊維にも練りこめるとは知らなかった。

愛用しはじめたインナーやパジャマの説明書によると、
~~~~~~~~~~~~~
『EM』(Effective Microorganisms)は
「有用微生物群」の略で、地球上にもともと共生している善玉菌のことです。

光合成細菌、酵母、乳酸菌などを含む約80種類の善玉菌の集合体です。

「腐敗」「劣化」「老化」など体に害を及ぼす活性酸素を誘発する悪玉菌に対し、抗酸化物質を生成し、活性酸素を消すチカラをもったものです。
~~~~~~~~~~~~~~

おおー。腐敗、劣化、老化に効くのか。
こうなりゃ全身を善玉菌に守ってもらおう。

守って欲しい環境にいるしね。

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記事とまったく関係無い感じに話が飛ぶが、
先日、新年会ランチをしたお店の「ブルーベリーとココナッツクリームのミルフィーユ」

ミルフィーユは、たいそう食べずらいケーキだけど、おいしさが何層にもなってやって来る感じがして大好きだ。おしゃれなお店でなければフォークを使わず大口開いて食べたい衝動にかられた。


これもパイ生地をクリームが守ってる感じ。
守るって大切。
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by mismis10 | 2012-01-14 00:21 | 日常あれこれ

あれから10ヶ月

1月11日。、震災から10ヶ月。
特に1ヶ月ごとに書く義務は無いのだが、私の周りの記録として書いておく事にした。

まず、私の住む場所に限っての話だが、普段の生活は特に変わった事は無い。

ただ姪の小学校では、6年生のひとクラスだけが、放課後、数十キロ離れた施設までバスで移動して、ホールボディカウンターで検査をして来た。
体内被曝量の検査だ。

どうも小学校全員の生徒でない話をするので、順次検査するのか分らないが、まるでどこかの先生のために、サンプル検査のように扱われるのだったら腹が立つ。

こんな感じでは、県内に数台しか無い検査機械で二百万県民がすべて検査するなんて一体いつの日になるのだろうかと思った。

また福島県全体としては、除染を進めるという一方で、その除染して出た放射性物資の貯蔵施設(あえて中間は付けない)の場所が決まらずにいる。

双葉町の町長のように断固として反対の表明もあれば、そうでも無いような話をする首長も居て、そこに加えて佐藤県知事のはっきりしない主体性の無い発言で、ますますこの問題は混迷しそうな気配。

そうした中、どんどん福島は冬の厳しい季節に入り雪が降り、土なんて簡単に削れないようなバリバリ凍った表面になっている。それでもこんな雪の中、除染作業を継続している作業員の方達の映像がTVには映っていた。

だから早くと言ったのに、都会の霞ヶ関の人達が決める事は、現地の意向をまったく無視だから、こんな時期になってしまうんだとTVに向かってぼやいた。

しかも、そういう除染活動もやってるのは一部だけ。
放射能の値が高いと言われてる私の地区も、まだ何も変化無し。

でも雪がチラつく前に、山際に立ってるお寺の除染をしてたのを見た。
順序があるのだろうが、お寺を先にやる必要が何処にあるのか分らない。
生きてる人間が先のような気がすると言ったらバチがあたるだろうか。

ここの所、マスコミの報道は、東電や原発の話よりもオウム真理教の元信者の話とかが多い。逃亡を助けていたのが福島県出身の女性で、さっそく女性の実家とかに押しかけてる映像もあった。

マスコミって、こういうのだけは素早いよなぁ。
もっと報道して欲しい事はたくさんあるのに。

それにしても17年間の逃亡生活の手助けは、ある意味忍耐強い。
福島県民性の一端だろうか。
更に指名手配の平田容疑者は今度の震災がきっかけになっての自首とかの報道に、おそらくそれだけでは無いと思いつつも、やはりあの3.11の影響性を感じた。

こうして原発や震災以外の他の話題が多く報道されると、まるで何事も無かったように平穏に過ぎて行く気がしてならない。

しかし仮設住宅の立ち並ぶ傍を通った時とか、
10ヶ月過ぎても直らない壊れた歩道の工事現場の傍を通った時とか、
まだまだブルーシートを被ったままの住宅の屋根を見るたびに、
あぁ、私達は震災にあったんだと強く再認識する。

そして報道もされない放射性物質のセシウムの量が増えている現実も静かに注意しようと思っている。でも、ほとんどの人達は誰もマスクなんて付けていない。実はそういう私もマスクは付けて外出してはいない。やはり様子がわかるまで以前のように付けるべきかも。
だが、コート類は玄関でバサバサとする癖はつけた。


こうして考えると、10ヶ月が経ったというより、去年のあの3月11日に近づいているという感じ。あと2ヶ月で1年になるのに、復興はもちろん除染も放射能対策も先に進んでいないという現実。それが今の福島だ。
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by mismis10 | 2012-01-11 23:59 | 東日本大震災

ちょっと休憩

バタバタとした日々でも、何かしら、やらなくちゃと思う時がある。
そういうスイッチが入ると、どういう訳か、夜でも何でもたちまち動き出す。

先日、小物や洋服を作る友達がミシンが壊れたというので、ハタと思い出した事があった。
そうだった。ミシンでやる事が私にもあったのだ。
気付かせてくれてありがとう。で、ミシンは直ったんだろうか。

最近はこのミシンも洋裁もブームなんだそうだ。
洋裁カフェだったか、ミシンカフェだったか、名前は忘れたが、ミシンとかを自由に使えて、洋裁の簡単な指導も受けられて、お茶やランチもOKのカフェがあるのだそうだ。

若い人や、子供が小さいお母さんとかの利用が増えているとか。
男性も来るのだそうだ。

確かに、ミシンや洋裁の作業は散らかるし、小さな子供がいると触りたがって危ない。
良く考えたものだとTVの映像を見て感心した。

私のミシンは、現在、ほぼ直線しか縫う機会しかない。
朝ドラの「カーネーション」みたいにミシンで身を立てる人もいるのに。

嫁に来る時に持たせれられた30年以上経ったミシン。
でも一応ちゃんと動く。

年末に、これまた友人のお店で買ったハンドサイズのフキンというかハンカチ。
正確には、前に一枚、そして暮れに一枚買ったALDIN製。

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これを2枚あわせて、ミニバックみたいな袋を作った。下の部分はロゴを見せるように。
丁度、付いていたタグのような部分が持ち手になるようにしてみた。
丈夫なので、ガンガン使える。

おばさんは、いろんな荷物をついついバックに詰め込む性分なので、こうした袋状の布モノは非常に役に立つのである。

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更にこちらは、前に作ってアップしたかも知れないが、
「柄モノ手ぬぐい」をダーと縫っただけの「三角手提げ」

この他にも、何枚か作って使用中。これもけっこう役に立つ。
紐とかつけずに、ただ結ぶだけの単純さがナイス。


とても作品とまでは行かないから恥ずかしいけど、
画像のアップが少ないかと思って、ちょっと休憩してみた。

でも、新春にしてはかなりマヌケな画像かも。
それはご愛嬌って事で。
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by mismis10 | 2012-01-08 21:34 | 日常あれこれ