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満身の怒り - 児玉龍彦

今回のブログの記載はとても長いです。
あえて、More機能は使いません。
個人的に記録して置きたいので、ご了承ください。

YouTubeの動画は、本当に私達を救おうとしての助言や
実際の現地での現実を語る真摯な姿に胸が熱くなった。
途中、専門的な言葉も多かったが、内容のほとんどは私にでも理解出来る話だった。

時間がなければ、下記の抜粋の所だけでも読んでくだされば、
先生の言ってる事が伝わると思います。

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7月27日の衆議院厚生労働委員会での参考人説明が、You Tubeでアップされた。

最初のうちはアクセスは少なかったが、見るたびに、どんどんと増えている。
今や大事な真実の話は、こうした動画配信やツイッターでしか語られない。

マスコミの裏の話は私にはさっぱり分らないが、
TVなどの利害関係が絡む社会で無い所に真実の報道があるような気がする。

原発反対の立場をとった俳優の山本太郎氏もそういう世界から身を引いた。
子供を守ろうとしているだけなのに排除される。それが現実だ。

教授が、こんな大切な事を言ってくれてるのに
同日のニュースでは詳しく流す事も無く、
壇れいとミッチーの電撃結婚の芸能ニュースには時間をさく。

TVなんか本当の事を伝えていない気がする。
映像的にインパクトのある所だけを切り取る映像しか流れていない。
見てると報道の浅さをいつも感じる。

児玉教授の話はすべて実際に現地に来て、自分達の手て除染活動を行ってる本物の話だ。
最後の方の声を震わせての話は圧巻だった。

しかも、具体的に日本の科学技術で、除染が出来ると訴えている。
それなのに、何の手立てもしないのは本当に国の怠慢だと思う。

福島県民、すべての健康調査を行うという発表があったが、
私達避難地区以外に住む住民に、その順番が回って来るのはいつの事か分らない。
実際に、調査が行われた人達はまだまだとても少ない。

しかも数台しか無いホールボディーカウンターで、どうやって200万県民を調べるのか。
さらに児玉先生の話では、そんなのは全然意味が無い事も知った。

子供達が、あの円で書いた何キロ圏内という法律にしたがって、
逆に危険な場所へスクールバスで移動させられてる事も分った。

実際に、この地に住んでいる人からしたら驚愕の事ばかりだ。

それもこれも、起こってしまったのだから仕方ない事だが、
教授が言うには手立てがあるというでは無いか。
なぜ、国はそれをしないのだろう。

本当に、私達福島県民はどうなって良いと国は考えているのだろうか。
私達だって、日本の国民だ。
同じように税を納めているでは無いか。
その税でなぜ救えないのだろう。
変える気になればいくらでも法律は変えられるでは無いか。


~~~~~~~~~以下抜粋~~~~~~~~

それでこの時に枝野官房長官が
「さしあたって健康に問題はない」という事をおっしゃいましたが
私はその時に実際はこれは大変な事になると思いました。

何故かというと
現行の放射線の障害防止法というのは
高い線量の放射線物質が少しあるものを処理することを前提にしています。

この時は総量はあまり問題ではなくて、個々の濃度が問題になります。
ところが今回の福島原発の事故というのは
100キロメートル圏で5μシーベルト
200キロメートル圏で0,5μシーベルト
さらにそれを超えて足柄から静岡のお茶にまで及んでいる事は
今日みなさん全てがご存じのとおりであります。

我々が放射線障害を診る時には、総量をみます。
それでは東京電力と政府は一体今回の福島原発の総量がどれくらいであるか
はっきりした報告は全くされておりません。

そこで私どもはアイソトープセンターのいろいろな知識を基に計算してみますと
まず、熱量からの計算では広島原爆の29,6個分に相当するものが漏出しております。
ウラン換算では20個分の物が漏出していると換算されます。

さらに恐るべきことにはこれまでの知見で
原爆による放射線の残存量と原発から放出された者の放射線の残存量は
一年に至って原爆が1000分の一程度に低下するのに対して
原発からの放射線汚染物は10分の一程度にしかならない。

つまり、今回の福島原発の問題はチェルノブイリと同様、原爆数10個分に相当する量と、
原爆汚染よりもずっと多量の残存物を放出したという事が、まず考える前提になります。

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核燃料というのは要するに砂粒みたいなものが合成樹脂みたいな物の中に埋め込まれています。
これがメルトダウンして放出するとなると
細かい粒子が沢山放出されるようになります。

そうしたものが出てまいりますと、どういうようなことが起こるかが
今回の稲藁の問題です。

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数字というのは決して同心円上にはいかない。

どこでどういうふうに落ちているかは
その時の天候、それから、その物質がたとえば水を吸い上げたかどうか。

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南相馬に最初に行った時には1台のカウンターしかありません。

農林省が通達を出したという3月19日には
食料も水もガソリンも尽きようとして
南相馬市長が痛切な訴えをウエブに流したのは広く知られているところであります。

そのような事態の中で通達1枚出しても誰も見る事が出来ないし誰も知ることができません。

稲藁がそのような危険な状態にあるという事は全く農家は認識されていない。
農家は飼料を外国から買って、何10万と負担を負って
さらに、牛にやる水は実際に自分たちと同じ地下水を与えるようにその日から変えています。

~~~~~~~~~~~~
汚染地で徹底した測定が出来るようにするという事を保証しなくてはいけません。

我々が5月下旬に行った時先ほど申し上げたように1台しか南相馬に無かったというけど
実際には米軍から20台の個人線量計がきていました。

しかし、その英文の解説書を市役所の教育委員会で分からなくて
我々が行って教えてあげて実際に使いだして初めて20個の測定が出来るようになっている。
これが現地の状況です。

そして先程から食品検査と言われていますが
ゲルマニウムカウンターというものではなしに
今日ではもっと、イメージングベースの測定器というのが遥かに沢山、半導体で開発されています。

何故政府はそれを全面的に応用してやろうとして全国に作るためにお金を使わないのか。

3か月経ってそのような事が全く行われていない事に私は満身の怒りを表明します。

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内部被曝というものの一番大きな問題は癌です。

癌がなぜ起こるかというとDNAの切断を行います。
ただし、ご存じのとおりDNAというのは二重らせんですから
二重らせんの時は非常に安定的です。

これが、細胞分裂をする時には二重らせんが一本になって、2倍になり4本になります。
この過程のところがものすごく危険です。

そのために、妊婦の胎児、それから幼い子ども、
成長期の増殖が盛んな細胞に対しては、放射線障害は非常な危険をもちます。

さらに大人においても増殖が盛んな細胞
たとえば放射性物質を与えると髪の毛
それから貧血、それから腸管上皮の
これらはいずれも増殖分裂が盛んな細胞でして
そういうところが放射線障害のイロハになります。

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まず一番有名なのはα―線です
プルトニウムを飲んでも大丈夫という東大教授がいるというのを聞いて私はびっくりしましたが

α―線はもっとも危険な物質であります。
それはトロトラスト肝障害というので私ども肝臓医はすごくよく知っております。

ようするに内部被曝というのは先程から一般的に何ミリシーベルトという形で言われていますが
そういうものは全く意味がありません。

I131は甲状腺に集まります。
トロトラストは肝臓に集まります。
セシウムは尿管上皮、膀胱に集まります。

これらの体内の集積点をみなければ、
全身をいくらホールボディースキャンやっても全く意味がありません。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

トロトラストの場合は第一段階ではP53の遺伝子がやられて
それに次ぐ第二第三の変異が起こるのが20~30年後かかり
そこで肝臓がんや白血病が起こってくるという事が証明されております。

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次にヨウ素131
これヨウ素はみなさんご存じのとおり甲状腺に集まりますが
甲状腺への集積は成長期の甲状腺形成期が最も特徴的であり小児におこります。

~~~~~~~~~~~~~~~
我々アイソトープ総合センターでは現在まで毎週700キロメートル、
大体一回4人づつの所員を派遣しまして南相馬市の除染に協力しております。

南相馬でも起こっている事は全くそうでして
20K30Kという分け方が全然意味がなくて
その幼稚園ごとに細かく測っていかないと 全然ダメです。

それで現在20Kから30K圏に、
バスをたてて1700人の子どもが行っていますが
実際には避難、その、南相馬で中心地区は海側で学校の7割で比較的線量は低いです。

ところが30キロ以遠の飯館村に近い方の学校にスクールバスで毎日100万円かけて
子どもが強制的に移動させられています。

このような事態は一刻も早く辞めさせてください。

いま、その一番の障害になっているのは、強制避難でないと保証しない。

参議院のこの前の委員会で、
当時の東電の清水社長と海江田経済産業大臣がそういう答弁を行っています。
これは分けて下さい。

保障問題と、この線引きの問題と、子どもの問題は直ちに分けて下さい。

子どもを守るために全力を尽くすことをぜひお願いします。
~~~~~~~~~~~~~~~~

0,5μシーベルト以下にするのは非常に難しいです。

それは、建物すべて、樹木すべて、地域すべてが汚染されていますと
空間線量として1か所だけ洗っても全体をやる事は非常に難しいです。

ですから、除染を本当にやるという時に、
いったいどれだけの問題がありどれ位のコストがかかるかという事を、
イタイイタイ病の一例で挙げますと
カドミウム汚染地域、だいたい3000ヘクタールなんですが
そのうち1500ヘクタールまで現在除染の国費が8000億円投入されております。

もし、この1000倍という事になれば、
いったいどのくらいの国費の投入が必要になるのか。

ですから私は4つの事を緊急に提案したいと思います。

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第1に
国策として、食品、土壌、水を、
日本が持っている最新鋭のイメージングなどを用いた機器を用いて
もう、半導体のイメージ化は簡単です。

イメージ化にして流れ作業にしてシャットしていってやるということの最新鋭の機器を投入して
抜本的に改善して下さい。

これは今の日本の科学技術力で全く可能です。

2番目
緊急に子どもの被ばくを減少させるために新しい法律を制定して下さい。

私のやっている、現在やっているのはすべて法律違反です。

現在の障害防止法では各施設で扱える放射線量、核種等は決められています。

東大の27のいろんなセンターを動員して現在南相馬の支援を行っていますが
多くの施設はセシウムの使用権限など得ておりません。

車で運搬するのも違反です。
しかしながら、お母さんや先生方に高線量の物を渡してくる訳にもいきませんから
今の東大の除染ではすべてのものをドラム缶に詰めて東京に持って帰ってきております。

受け入れも法律違反、全て法律違反です。

このような状態を放置しているのは国会の責任であります。

全国には例えば国立大学のアイソトープセンターは
ゲルマニウムをはじめ最新鋭の機種を持っているところは沢山あります。

そういうところが手足を縛られたままでどうやって
国民の総力を挙げて子どもが守れるのでしょうか。

これは国会の完全なる怠慢であります。

第3番目
国策として土壌汚染を除染する技術を民間の力を結集して下さい。

これは、たとえば
東レだとかクリタだとかさまざまな化学メーカー
千代田テクノとかアトックスというような放射線除去メーカー
それから竹中工務店とか様々なところは、放射線の除染などに対してさまざまなノウハウを持っています。

こういうものを結集して現地に直ちに除染研究センターを作って

実際に何10兆円という国費がかかるのを
いまだと利権がらみの公共事業になりかねない危惧を私はすごく持っております。

国の財政事情を考えたらそんな余裕は一瞬もありません。

どうやって除染を本当にやるか
7万人の人が自宅を離れてさまよっている時に 国会は一体何をやっているのですか。

以上です。
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by mismis10 | 2011-07-30 11:08 | 東日本大震災

除染

これまで何度も書いたが、私の住む地区は環境放射線の値が高い。
先日の日曜日、地区の住民が一斉に除染作業を行った。

「除染」なんて言葉は震災がなければ、
いや、原発があんな事にならなければ使う事も無かった言葉だ。

染まったのを除く。
まさに福島は放射能に染められてしまった。
それを除くしか無い。

若い世代の人はほとんど見当たらず、年をとった人ばかりだった。

本当なら、東京電力の人達や、
これまで原発促進をすすめて来た国がやるべき事なのにと思うと腹がたつ。

ボランティアで来てくれたってバチが当るまい。

こんなに大地を汚く染められてしまった私達の思いは、
遠く都会で生活している彼らには到底通じ無いだろうな。

前日、麻袋と薄いゴム手袋、軍手、が配られた。
その前には、写真入りの除染スタイルが載ったプリントが配られ、
マスク、長袖、長ズボン、長靴を着用となっていた。

早朝、夫と共に参加。

側溝の中の泥を麻袋に入れる。
考えたら、この中味はかなりの放射線の量が含まれている。
これを持っただけでも被曝しないだろうかと不安になる。

年配者はそれほど影響が無いとか言われてるが、けっして気分の良いものでは無い。
でも、取り除かない限り、永遠に放射能はここにいる。
見えなくても、ここにいる。

道路脇の草は、出来る限り引っこ抜く。
そうやって地道に、汗だくで作業をした。
延々と果てしない作業だった。

自分の家の庭木もバッサリ切った。
以前、放射線の量を測った時に高かった場所はバラも草木も全部抜いた。

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不思議な事に、この高い放射能値の場所に植えてあった「粉粧楼」というバラは
今年、信じられないほど多くの数の花を咲かせた。
いつもなら数輪がやっとなのに、今年は次々と咲いた。
綺麗なのに不気味だった。

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その場所は全部抜いて土も削った。

近所の人達からも、そういう異常なほどの活性化された草花の話をよく聞く。
また見たことも無い害虫が大発生してるのも事実だ。
見えない放射線のせいで、おかしな事が沢山発生している。
そうとしか思えない。

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私の隣組の中に雑木林の空き地がある。
以前住んでいた地主が別のマンションに移り住み、そのまま荒れ放題になった。
私の家を建てる以前に、その場所はすでに小さな森だった。

そこに面した一軒の家の人が、自前で環境放射線の数値を測ったら、
なんと50マイクロシーベルトあったという。

除染活動の中で、その話が出た。
みんなざわついた。
何度計っても、そのくらいあるという。
何かの間違いではないかと思った。でもそうじゃ無いという。

私の家もその森に面している。
怖いな。

あのコンパスで書かれた20キロ圏内の避難した町の人達よりも高い放射線の値が
こんなにすぐそばに存在するなんて。

近所の奥さんも「もし避難しなさいと言われたら行きますか?」
とTVの取材を受けたそうだ。

本当に避難するようになったらどうしようかと、
暑い中、草をむしりながら考えた。

あぁ、普通の暮らしがしたい。
風に気持ち良くあたりたい。
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by mismis10 | 2011-07-28 23:41 | 東日本大震災

のど仏



その火葬場は、以前、義妹の亡き骸を荼毘に付した場所だった。
偶然にも同じ小さな洞窟を思わせる場所へと、今度は夫の叔母さんの体が入って行った。

骨になるまでの時間、親戚も年寄りが多いため、
とても穏やかに故人の思い出を語って待つ事になった。

時間になると、そういうシステムなようで館内放送で呼ばれた。

係官の礼儀正しい作法も、以前見たのと同じだった。
最後に〝のど仏〟を拾い上げた時の話も一緒だった。

「本当に合掌した仏様のような骨の形をしている」と初めてみた親戚の誰かが呟いた。

来る日も来る日も同じ作業を行う係官。
この職業についたのは何故なのだろうかと、ふと思ったが、
そう思っただけで、その人の見事な所作をただ凝視し続けた。

こういう場所に段々と慣れていく自分を大人と思うべきかとも思ったが、
出来れば慣れたくない場所だと思った。

6年前に弟の妻が突然死した。

夜、普通に布団に入り、そのまま朝冷たくなっていた。
聞いた事はあったが、それが身内に起こるとは想像しなかった。

お通夜、葬儀が、突然の出来事のせいで狂ったように慌しく過ぎて行った。
あの時は何の余裕も無かった。穏やかな時間は流れて無かった。

小学生の甥が喪主の弟と骨を拾う姿が、あの火葬場で甦った。

残された幼稚園児の姪と小学生の甥を、これからどうやって育てるのかと、
自分の子でも無いのに、それだけが気がかりだった。

私の息子らが親元を離れて手がかからなくなり、旅行などを楽しんでいた頃だった。
この辺りを堺に、旅は出来なくなった。

同居をしはじめた母が倒れたのはその三年後だ。

義理の妹が他界した時も、母が生死をさまよった時もブログで詳しく書くのは控えた。
または書いても、後で削除した。

なぜそうしたのか今になって考えてみると
そういう事はあえて文字に残すのは悪い事のような気がしたのだ。
でも、書いたままにすれば良かったと少し後悔している。

何かあった時に自分がどうだったのか、
後からなら冷静に判断出来るという事が最近になって分かって来た。

書くという手段でも何でも生きてる証のようなものが欲しいと思う時がある。

若い頃は何かしたいと思ったはずだが、
結局何も出来ないまま、どんどんとただ歳を重ねていくだけだと最近は居直っている。

稚拙な文章で過去の話を消したいとも思うが、
その時はそれが最大の表現の仕方だったのだから仕方無い。
意外に読んでる人は自分が気にするほど、どうでも良いと思ってるだろうし。

綺麗事ばかりで無い、ありのままの自分を書く事も意味があると思う。
なかなかありのままを書くのは勇気がいるが、なるべくそうありたい。

他人からしたら何でも無い事でも、
後で読み返して、馬鹿だったとか、頑張ったんだとか。
そう思える場合もある。

じゃ、日記帳にでも書けばと思うかもしれないが、
インターネットを使い世界に向かって書くという行為が、いい塩梅に緊張感を伴う。

世の中に出来る限り正直に向い合って書いて行きたい。
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by mismis10 | 2011-07-27 23:21 | 日常あれこれ

Atelier Copinesさんの「夏のグリーンリースアレンジ」

長々と新大久保や目黒の事を書いてるうちに、
いろんな出来事が過ぎて行った。

その間詳しく書いて無いが原子力災害もさまざまな問題が出て来ている。
それもおいおい書くつもりではいる。

ただ私のブログは私自身の記録も兼ねているので、
順を追って、出来事をアップしておきたい。

~~~~~~~~~~~~~

brancheさんのワークショップに参加した。(7月19日)
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当日はおりしも朝から頭痛がひどく家を出る前に鎮痛剤を飲んでから参加した。
その痛みもすっきり治るような爽やかなアレンジメントだった。

先生は、以前にも別の機会に何度かお会いした方だ。

前にご主人の仕事の関係でフランスに住んでおられたのだが、
すっかり言葉を忘れたので、また勉強しなおしていると話していたのが、つい先日。

今回初めて、アレンジメントを習う事になった。

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ご一緒した方が私と同じくらいか上の方が多かったので、先生はとてもゆっくりと話をされ、
ひとりひとりの間を落ち着いて回ってみてくれていた。

全て終わった後ではmさんのケーキと飲み物が。お代わり自由の配慮も。

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これでもか、これでもかという按配に、次々と渡される材料のグリーンの多種多様なこと。
あまりの花材の多さに覚えきれない。
これじゃ絶対に赤字では無いかと、ひとり密かに心配するくらいだった。

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しかも、brancheさんが最近手に入れたばかりの家具もすぐ近くあり、そをれ眺めるのもワークのひとつ。
というか、それをじっくり見れるよう傍に座ったというのが正しい。知能犯。へへっ。

いつ来ても、何処を見ても絵になる状態の室内。
まったくこの家は何て贅沢なんだ。
アンティークの品の相場を大体分ってしまう自分には、お宝だらけの家だ。
ここにちゃんと住んでるのだから、たまらない。

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最後には、brancheさんからお土産にキャンドルまでいただく。
はぁ、いたれりつくせりのワークショップだった。
ちゃんと見える場所に飾った。
1週間経っているが、未だに元気だ。

しつこいようだが、あれじゃ赤字じゃ無いかと。
まてよ。緑を楽しむワークショップだから、赤の話はいいのか。失礼。

ほんとに楽しい時間だった。
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by mismis10 | 2011-07-26 23:28 | フラワー関係

目黒で(終) ③出会った人・その2 

その後、参加者のKさんと会話をした。
入り口のお店で作品を見ながら話をして、そのまま目黒駅まで一緒に歩く事にした。

チャムアパから目黒駅までは、凄い坂がある。
タクシーの時は気にならなかったが、足で歩くとなると話は別だ。
まるで筋力トレーニングのように、息を切らしながら歩く。

しかしながら、Kさんは意外にも私のようにハァハァと息切れして無かった。

その時は、あれっ?としか思わなかったが、
後日、メールで彼女の詳しい自己紹介を聞いて納得した。

彼女はバリ舞踊、フラメンコ、マラソン、ロードバイク、
更に、トライアスロンまでこなすスポーツウーマンだったのだ。

確かにあの日もスポーツバックを持っていたような気がした。
常に身体を鍛えるというか、動かしているかもしれない。

だからと言って筋肉オンリーの女性では無い。

ワインエキスパートの資格を取り、仕事は自動車の設計だというでは無いか。
それを知った時、その多彩ぶりに思わず腰を抜かしそうだった。

その日、Kさんと福島の話をしながら歩いていたら、
彼女の田舎のおばあちゃん宅が福島の田村市だと言う。

田村市は近年市町村合併で市になったのだが、
私からみたら、旧町の名前のほうがしっくり来る。

詳しく聞くと、滝根町だという。
東京電力福島原子力発電所からおよそ35キロぐらい離れた町だ。

あぶくま洞や入り水鍾乳洞や、星の村天文台がある所だ。
小学生の時は遠足で、子供が小さな時は遊びにと連れて行った場所だ。
【滝根町観光協会】

今はこの原子力災害のせいで、入場者も減って大変な事になっている。
とにかく、この原発は多種多様な損害を福島に住む人達に与えている。

家を追われた人達ばかりで無く、
今現在この地に住んでる人達もみんな困っているのだ。

彼女の親戚も一時は東京に避難していたという。
そんな親近感も手伝ってか彼女と話ながら歩いていたら話が弾んだ。

短い時間での会話では、
お互いに何者であるかが分らないまま別れたが、その後何度かメールでやり取りをした。
広い世の中で、そうした繋がりが出来ただけでも行った甲斐があった。

Aさんも、Kさんも、
恐れ入るほどの才能とキャリアを持っているのに、全然そんな感じがしない。

もっとも初対面の人に、偉そうな話をする人もあまりみかけ無いが。
たまに、どや顔で、いきなり自分をアピールする人とか、
自分の経歴をべらべらしゃべる人もいるから。

能ある鷹は爪隠す感じのお二人と話が出来た事は、やはり素晴らしい収穫だった。

もしかして私って、意外に「人を見る目」があるのかもしれない。
凄い才能のある人を二人も見つけたのだから。
と、何も取り得がない私は、そんな事をいばってみる。

時間があれば、その他の方とも話が出来たのかもしれない。
お会いした皆さん、ありがとう。
そしてきっかけを作ってくれた「文学テーブル」に感謝。

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こんな感じでアンティークのテーブルを囲んでの勉強会。
あっ、途中で出されるケーキがめちゃめちゃ旨い。
それぞれ好きな飲み物とケーキを選べる。

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私のは「オレンジとチョコレートのムース」と珈琲。

スタッフの方も良い方ばかりだし、チラッとだけ、ちはるさんも見かけた。
相変わらず可愛かった。

今度は5年も間を空けずにまた参加したいと思った。



~終り~
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by mismis10 | 2011-07-25 09:02 | お出かけ(2011)

目黒で ②出合った人・その1


教室が終わった後で、
最初にレジの所で一緒だったHさんが近くに来て声をかけてくれた。

「私も今回、東北のほうにボランティアに行ったんです」と。
あぁ、こうした所でも、被災地を気にかけてくれる人がいるんだと嬉しかった。
彼女は次の予定があるようで急いで帰って行った。

その後で参加者のAさんが、自己紹介の中で、
ブログを書いてると話していたので声をかけた。

アドレスの書いてある可愛い名刺をいただいた。

帰ってからブログを拝見。
猫と戯れる姿や旅の話が面白く、
詳しいプロフィールを見るヒマが無かった。

その後、しばらくして、彼女のHPやこれまでの仕事を見てたら、
私の大好きなパトリスジュリアンさんと仕事をしたりしているでは無いか。
かなり驚いた。

初対面の彼女はふわふわとスポンジケーキのようなイメージの方だった。
なんといってもHPのパンやケーキを見てると、その人柄が伝わって来る。

しかしこれまでのプロフィールを詳しくじっくり見ると、
質実剛健にパンやお菓子の勉強をして来た感じがした。

鎌倉かぁ。
近くだったら、絶対にレッスンに行くんだけどな。

そして、もう一人では歩けなくなった母と、
数年前はちゃんと二人で電車を乗り継いで鎌倉に行った事も思い浮かんだ。

母にブライス人形を無理やり持たせて、江ノ電の駅に立たせた事も懐かしい。
鎌倉高校前駅だったかな。
お寺とかいろんな場所に行ったはずなのに、なぜか思い出すのはあの光景だ。

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探したら画像があった。
ちゃんとゆかたも着せて撮ったのだった。
いい大人が年寄りの母親まで巻き込んで、何やってるんだか。
確か、そういう事をしたかったのだ。たぶん。

話が思い出話に行ったが、またAさんに戻る。

Aさんは、今年の夏は、ウィーンのパン屋さんへ修行に行くらしい。
どんどんやりたい事をこなしているようで眩しいくらいだ。

そして、あの細い身体の何処にそんなパワーがあるのだろうかと感心した。
多くを学んで帰国して欲しい。
凄いな、下宿生活。
しかも学生に戻れるようで素敵だな。


※AさんのHPです。

【Weizen kamakura ヴァイツェンかまくら】
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by mismis10 | 2011-07-24 23:25 | お出かけ(2011)

目黒で ①文学テーブル

目黒駅に着いたのは教室が始まる少し前の時間だった。
タクシーでチャムアパへ向う。

入り口付近が何か違うと思ったら、新しいお店がオープンしていた。

私がレジで教室の受付をしていたら、
次に並んだ若い女性も同じ講座を受けに来た方だった。

前の回の時間が延長されていたようだった。
後で聞いたら、急にワイドショーの取材が入ったとの話だった。

数年ぶりに会う大平先生は、以前と変わりなくシャキシャキとした印象。
東北の人間の私からしたらテンポ良く話が出来る事がすでに凄い事だ。
先生は長野の出身だが、都会で仕事をするとそうなるのか。
都会に出た事の無い私は、ちょっと憧れる。

おそらく先生の性格なのだろう。
文章もそうだが、話の仕方も無駄なく簡潔な話し方をする。
だからと言って、ぶっきらぼうでは無い。感情はとても細やかな女性だ。
多くのリピーターがまた教室にやって来る所以だろう。

先生が、入り口に出来たお店で買ったという品を見せてくれた。

その入れ物は、大きさの差はあれ、
私の持っていたモノとまったく同じ形をしていた。
思わず自分の方からその話をしてしまう。

時間になり自己紹介をして教室がスタート。
全部で7名参加していたが、
皆さん凄いキャリアや意識を持っての参加者ばかりだった。

私が「福島から来た」と言うと一同驚く。
そうだよな。今や、旬の福島だもん。
そうした被災地から来てること事態が珍しいのだろう。

聞かれてもいないのに、往復1万円の新幹線切符で来た事もバラした。
実際、福島と東京は新幹線代は片道8900円する。
往復したら、2万円出して2千ちょいしか戻らない。
どれだけお得かを伝えたかった。

渡されたプリントを見て講義が始まる。
みっちりと時間いっぱい使って、ためになる話を聞いた。
惜しげも無くいろんなノウハウを教えてくれる。

指導者が出し惜しみするような気配のある講座は、どうも駄目だ。
大平先生の話は、まったくそんな所が無い。
気持ち良いくらい要点を絞った話をサクサクと話す。

悪い文章の例も面白かった。
本当に、そうだよなぁとうなずくばかりだった。

私はここの所、いつもいつも、震災の話が多かった。
報道で発表された内容を追いながら書くブログに、
なんとなく疲れや違和感が出て来たので、そろそろなんとかしたいと思っていた。

その手がかりになったような内容の講義で、とても有意義だった。

休憩時に、最初はそんなつもりは無かったのだが、
今の福島についてけっこう熱く語ってしまった。

さんざん語った後で、ちょっと話過ぎだったなぁと後悔したが後の祭りだ。

しかし皆さん、それぞれ他に話題もあるだろうに、
私の話を静かにきちんと聞いてくれた。

今だに終わらない原子力災害の事について、
都会の大勢の人達の中で、この場の参加者だけにでも伝えたかった。

みんな、何かを感じてくれたように思えた。
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by mismis10 | 2011-07-23 23:07 | お出かけ(2011)

新大久保へ

⑤ ~探検終了~


Rちゃんが韓国語のレッスンに向うというので時間になりお別れした。

残った3人で冷たいモノを求めて「コーヒープリンス2号店」へ向う。

知らない人は、なんのこっちゃ状態だが、
この名前のままの大ヒットした韓国ドラマがあったのだ。
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ちょっと分りずらいが、2階、3階がこのお店。
さらにその上の「KーPOP LIVE」という場所ではライブが見られるらしい。

道路も店内へ入る階段も、とにかく女性でいっぱい。
2、30分くらい並んでやっと店内へ。
イケメンぽっい男の子達がテキパキと接客していた。

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ここで、パッピンスを食べた。
夏はやっぱりカキ氷だ。

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こうして見ると、凄いボリューム。
小豆とソフトクリームが入っているのが、韓国流。
更にトッピングを選ぶ。

小・中・大とサイズがあって中を選んだが、
最後のほうは、もはや惰性で食べる感じだった。

韓国の人達は、大きなボールみたいな入れ物のサイズを注文して、
それをぐちゃぐちゃに混ぜて、みんなでいただくらしいのだが。

3人とも「どうしたってソレは出来ないよね。」という会話をする。
しかしながら近くの席では、まさにそうして食べてる人達もいた。凄いな。

食べ終わる頃には、キンキンに身体が冷えた。
そこを出てFさんとさようなら。

~~~~~~~~~~

これから仕事に向うBさんと、
まだ夕方からの教室の始まりまでは時間があった私だが、
あまりの人の多さに疲れので、余裕を持って新大久保を離れる事にした。

恵比寿で電車を降りて、恵比寿ガーデンプレイス内でひと休み。
人もまばらで風がすっーと通り、やっと生きた心地がした。

三越の店内で危うく帆布で出来たバックを買いそうになったが、自制心が働き、止めた。

バックも何個あっても、持って逃げれるのは数がしれているのだから。
最近、モノを買う時、そんな事を思う時がけっこうある。
まぁネット買いは別だが、と変な言い訳。

そこでお茶して話をしていたら、あら大変。いつの間にか時間が経っていた。
Bさんはシフトを代えてもらったので夕方からの仕事へ。
私は目黒のチャムアパへ。

「会えて良かった」と言いながら、慌しく別れた。

今回、わざわざ来てくれたBさん、Fさん、Rちゃん。
本当にありがとう。

こうして新大久保探検は終了。
とても暑く、楽しい異空間を味わえた。
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by mismis10 | 2011-07-20 23:07 | 韓国ドラマ(HYUN-BIN関係)

新大久保へ

④ ~コリアンタウンの様子~

駅に戻ってから、今度はFさんが合流。
駅前は、さっきよりも更に人が増えていた。
こちらに向かってるというRちゃんを待ちながら3人で立ち話をしながら待つ。

それにしても暑い。
ただ立ってるだけで汗が出て来る。
連日猛暑で35度くらいはある。

田舎だから涼しいとは限らない。
盆地の福島は東京と変わりなく暑い。
まだ気兼ね無く窓を開けれる分、東京のほうがマシだなと福島を離れてそう思った。

ややしばらくしてRちゃんが来て、
4人そろったのでランチの店へと向った。

ヒョンビンが来日した時に来たお店らしい。
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その座った席に、遠くから来たのだからと座らせていただく。感謝だ。
この壁に寄りかかったのだろうかとか、一人妄想する。

そこでお昼を食べながら、いろんな話をした。
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よく韓国ドラマに出て来るジャージャー麺があったので、
それも含めて数種類をみんなで食べた。

Rちゃんからヒョンビンの入隊時のお見送りの時の話も聞いた。
現地に行った人しか分らない向こうの話はとても興味深かった。

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レジの場所にも、ヒョンビンのサイン色紙が貼ってあった。


~~~~~~~~~~~


その後、また韓流のグッツを扱う店に次々と案内してもらう。

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Rちゃんが懸命に探し出してくれたiPhoneのヒョンビンのカバーが1個だけあった。
しかも割引価格だ。

でも、買うか買うまいか悩んだ。
それを持った自分を想像したら恥ずかしいので躊躇したのだ。

「えっ、買わないの?戻すの?」
売り場のワゴンにそれを戻した私にRちゃんが、ちょっとびっくりした声を出した。

そうだよなぁ。
数歩あるいて、よくよく考えたら、
せっかく来たのだからやっぱり購入したほうが良いと、また売り場へと戻る。

何やってるんだが。

それなのに、ここでもまたお茶を買った。
また荷物を増やす無計画者の私。
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更にレジ近くでは、前にどっかで見たヘアマッサージャーらしき怪しい品も買う。
なにげに、こんなモノまで手を伸ばすのか、私ったら。
ただ買ってみたかったの。

帰宅して使ってみたが、効果はあるのか無いのかさっぱり分らず。


~~~~~~~~~~

そんな風にして、とにかく灼熱の暑さの中、あちこち歩く。

どこかの店の前の道路で、
若い女性が前の方にいる男性へ向って「□○△オッパ~」と大声で呼んだ。
まるで韓国にいるみたいだった。

はじめてジャージャー麺も食べたし、生オッパーの発音も聞けたし、
韓国ドラマ好きにとってはたまらない日になった。

ここのところ新大久保は凄い混雑なのだそうだ。
休日なんて、すれ違うのも難しいくらいだという。
少し前まではそれほどでは無かったという。

昔は、韓国スターというと「ヨン様」が代名詞。
しかしファンの人には申し訳無いけど、今やヨン様なんて過去の話だ。

この頃じゃ、若い男性はもちろん、女性アイドルも次々と出て来てる。
日本語も流暢に話すし、歌うし、踊るし。
ターゲットは私のように中年ばかりでは無い。

お母さんと娘と二代に渡ってのファンなどもいるから若い女性も多い。
日本各地から、みんな新大久保へ来るから凄い事になっていた。

そういえば地方からのツアーの人達もみかけた。
ちゃんと案内の人がいて、ぞろぞろと道路を歩いていた。

めざす韓流スターの品をそうした女性客がどんどん買って行く。
違う表情のグッツを全部そろえようと買い始めたら大変な事になる。

国家戦力でスターを海外に放出している大韓民国パワー全開の新大久保。

街の看板だって、日本語表記と同じくらいハングル文字がある。
売ってる品も、韓国で買ったモノと同じ品が当たり前に並んでる。

本当にコリアンタウンだった。
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by mismis10 | 2011-07-19 22:44 | 韓国ドラマ(HYUN-BIN関係)

新大久保へ

③ ~負けそう~

新大久保駅の改札口を出ると朝の10時過ぎ頃だったが多くの人達がいた。
そのほとんどが女性だった。

多分、今の福島駅改札口の何十倍もの人達がいたと思う。

そんな中、1月に韓国ツアーで一緒だったBさんを探したら、直ぐにみつけた。
あと二人が合流する前に、私達だけでぶらぶらしながら待つ事にした。

それにしても、のんびり散歩するような陽気では無い。
まだ午前中なのに炎天下の照り返しが凄い。
狭い道は日傘や帽子を被った女性でいっぱいだった。
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さっそく、ヒョンビンのドラマの宣伝用の広告を発見。

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そして韓流スターグッツのあるお店へ。
店内も女性客で溢れていた。

なんでもかんでも韓国スターが商品になる。
壁という壁にスターの顔入りの品が、とにかく並ぶ。

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初めて見たハングル文字の練習帳を発見。
確か雑誌に掲載された写真だ。それが表紙や中味に。

靴下の時も笑ったが、勉強道具まであるとは知らなかった。
でも、Bさんも、他の人達もすでにご存じ。
なんの事は無い。私が出遅れているだけの話だった。

日本のジャニーズ事務所とは全然違う扱いなのだろう。
彼らは徹底的に守られている。
以前、神楽坂でドラマの撮影をしていた嵐の二宮クンに遭遇した。
その時、携帯を取り出しただけで強く抗議されたおじさんを目撃したことがあった。

韓国に行った時は、コンサート会場でバシバシ写真を撮るファンを見た。
日本と韓国の肖像権の違いは歴然としている気がした。

写真はもちろん小さなシールに至るまで、
どんなものでも商品になる韓国の商業主義になんだか凄まじいものを感じた。

韓国商品の置いてあるスーパーへ向う。
店内も混んでいた。
持って歩くのだからと、なるべく重いのは避けたが、それでも大荷物になった。

やれやれ、これじゃ夕方の部まで大丈夫かなと思った。買ってから。

そして、暑い中歩きながらまた駅まで戻った。

どうも昨夜K-POPのグループのコンサートがあったらしく、
ガード下あたりでは停めたワゴン車の前で、
何やらその時の「生写真」というモノを売ってる人達がいた。

便乗の商売も凄いなと感心した。

日本は負けちゃいそうだ。
すべてにおいて。
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by mismis10 | 2011-07-18 23:29 | 韓国ドラマ(HYUN-BIN関係)