メダルなんて

冬のオリンピックも終わろうとしている。

高梨沙羅選手。上村愛子選手。そして浅田真央選手。
3人ともメダルが取れなかった。

でも彼女達の価値が変わるわけで無い。
むしろ『オリンピックのメダルなんて』という気になってしまう。

それは浅田真央(以下敬称省く)がショートで16位という不本意な結果を出した時から次第に私の中で起きた感情だった。他の選手がメダル授与式の台に上がった時ですら羨ましいとは思えなくなって来た。

上手くいくとばかり思っていたのに、悪夢のような順位だったのを知った時は、自分が滑る訳では無いが落胆し絶望した。本人は次のフリーまでどうやって時を過ごすのだろう、棄権してしまうのでは無いかとさえ思った。

ところが、あくる日のフリーではその心配を吹き飛ばす見事な演技をやってくれた。
世界で彼女しか出来ない技で、次々と3回転ジャンプを含め計8回も跳んでくれた。

ひとつひとつのジャンプを跳ぶ度に、心のモヤモヤが晴れていった。
演技を見終わって彼女の涙をみた瞬間、思わずもらい泣きしてしまった。
それは、本当に感動出来る、心を打つ演技だった。
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そして、その涙には単にショートの失敗を取り戻しただけでは無い、もっと深いものがあった。

私はそれを知るまでインタビューを受ける時、彼女がなぜ「集大成」とか「自分の目指す演技」という言葉をよく使うのか意味がよくわからなかった。

前回のオリンピックの後「一からスケートをやり直す」の意味も、TVなどで聞いていただけでは判らなかった。この場合、はじめからやり直すの意味は、私達が普段の生活を右利きから左利きに完璧に直すくらいの大変なものらしい。並大抵の事では無い。

何故そうした事をしなければならなかったか、それはある意味、“真央潰し”のための採点の改正が行われていたからだ。

少し話が逸れるが、ノルデック複合の競技も、日本人の表彰台独占が続いてからルールが改正された。スポーツという本来正々堂々とした競技の中で、こうした事が普通に行われている。どうしても差別の意味合いを感じる。

話戻って。ルール改正に伴ったこうした仕打ちにも、文句も言わずひたすら真っ向から立ち向かって来た彼女の努力には本当に頭が下がる。

オリンピックというと爽やかなスポーツのイメージがあるが、これまでも人が人を採点する時にはおかしい事が結構あった。今回も開催国ロシアの金メダル獲得に、採点の不可解さを指摘している(金を取れなかった)国もあるけど、しょせん、人間が採点しているのだからそういう事が起こる訳だ。それを十分わかってるはずだろうと思う。

16位に終わったショートプログラムを知った世界中のスケーター達がツイッターで彼女を励ましたそうだ。それは、同じスケートをして来た選手なら、浅田真央がいかに実力のある素晴らしい選手であるかを一番知っているから。

そんな事を知ってからの浅田真央の涙は、ますます感慨深いものに見えた。
本当に良く頑張った。心からそう思う。



4年前に書かれた内容のHPですが、採点の仕方によっていくらでも点数は操作出来るという事が分かる。しかもキム・ヨナとの画像の比較で、いかに浅田真央が類稀な技術を持って演技しているかも分かる。今回の浅田真央の件で凄い数の閲覧者が来ているそうだ。
【浅田真央が戦ってきたもの】
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by mismis10 | 2014-02-22 21:42 | 日常あれこれ
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