危険な道


新緑の季節。
いつものように、近道の田舎道の農道を走りながら実家に向かう。

田舎道とて侮れない。
ややもすると高速道路よりも立派なアスファルト舗装の道路が多い。

先日(避難区域以外の)無料通行が終わった高速を走ったら、震災の後の補修が終わったばかりで応急なのか、何だか走り憎い道路の場所もあった。

しかも、しばらく無料だったのが有料になると結構な金額を払うのでちょっとガッカリした。
まぁ一時期の混雑も無くなり空いて来たのは有りがたいけど、無料に慣れてしまうと、どうしても「取られる」ような意識が芽生える。

話戻って今の季節、そんな農道を走ってると茶色の毛虫がモゾモゾと横断している。道路脇の林とかから出て来て反対側の木々にでも行こうとするのか、横断中に出くわす。

たぶん、都会の人や町中を走っている人は知らないだろうが、この季節、横断毛虫はかなり居るのだ。

その毛虫の横断を見てると、道路を無事に渡り切れる虫は一体どのくらいいるのかと、その人生というか、虫の一生を考える。

道路なんか渡らなければ、危ない目に遭う事もなかろうに。
毛虫にとっては、道路もただの地面だろうが、これが草や木の生える中だったら安全なのに。文明が進んだ故の毛虫の災難だろうな。

飛躍し過ぎだけれど、人間をこの毛虫に例えてしまう。文学的な事は浮かばないけど、自分達人間と虫を例えてしまうのは、とても当たり前な気持ちだと思う。

震災前は、自然の豊かさを感じる季節だったけど、そういう風には思えない2度目の季節が来た。運転しながら軽快な音楽をかけてみても、新緑の眩しい木々の葉を見ても、なんだか落ち付かない。

危ない目に遭うのに横断をやめない。
それは毛虫はその道路が危険だとは知らないから。

危ない目に遭うのに、人間は無理に事を進める。
道路では無く原発の危険性をちゃんと知ってるのに。

そんな事を考えた。
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by mismis10 | 2012-05-16 22:59 | 日常あれこれ
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