カンボジア・最終回・市内観光と帰国

お昼はカンボジアなのに、タイ料理のレストランに案内された。まぁそういう事は全然気にならない。

店内に案内されて、ベンチ式になってる椅子に奥のほうに向かって横から座ろうとしたら、そのベンチ式長椅子が妙に軽くて、つかんだ背もたれが後ろに傾いた。

もう少しでベンチ椅子ごと後ろにひっくり返りそうになって焦った(笑)

そしたらテーブルごとに立って待機していたウェトレスの若いおねーさんに凄くウケちゃって、笑ってはいけないのに、こみ上げて来る笑いを、顔を真っ赤にしてコラえている風だった。その顔がまた可愛かった。

思わず自分のほうから「ねぇ~、後ろにひっくり返ったら大変だったよねぇー」と笑いながら話しかけたら、日本語が分からない風なのに何故かより一層笑いを誘った。
(これがまさにリアルな異文化交流だ。笑)


出されたのはタイ式鍋みたいだった。

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スタンバイして待っていたさっきのウェイトレスのおねーさんがどんどん具を入れてくれるのだが、なんかよく分からないけど、おでんの具みたいな練り物と鶏肉と野菜の混ざった鍋だった。

味は日本人向けにしてある感じだったが、これは一体何鍋というんだろうと考えながら食べた。でも美味しかった。
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そこから例によって旅行会社とタイアップしているお土産物さんに寄り、一旦ホテルに戻り帰りの支度をした。小休憩する時間もあって最終的な集合時間になりトランクに荷物をまとめホテルのロビーに集合してバスに乗り込む。


それから帰りの飛行機の時間までカンボジア市内観光をするという。

市内のオールドマーケットを散策をする事になった。

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ここで、友人からお土産に欲しいと言われた民芸品みたいなモノを探す。ガイドさんからは「値段が付いて無いので交渉してください」と言われたが、それほど安くはならなかった。

私が欲しかったスパイスを潰す道具は、お土産物屋さんでは無く向こうの金物屋さんみたいな店でやっと見つけた。

ヤシの木で作られたそれは定価だったが、同じ素材のレンゲと一緒に即買いした。あとは特に何も買わなかった。あまり欲しいというモノが無かったというべきか。

夫に至っては、確か今回の旅では、仕事場への土産物以外は自分の物はベトナムで買った水牛の「靴ベラ」のみだった(笑)

集合場所で皆が集まるまで待ってる時に、カンボジアでずっと一緒だったパレットさんの「ガイド」だというのが一目で分かる国の制服とエンブレムを写真に撮らせてもらった。(本人の了承を得てます。)

エンブレムの一部の糸が飛び出てますが、まったく気にして無い模様です(笑)

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カンボジア市内もベトナム同様、バイクがたくさん走っていた。そして、3人乗り、4人乗りも、もちろんよく見かけた。
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次にバスは日本的に言えば「縁結びのお寺」みたいなお寺に行った。

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まず驚いたのが、お寺へのお参りの仕方だった。

お寺に入る道いっぱいに、お供え物用のお花や果物などが売られているのだが、生きたカメと小鳥が沢山売られていた。

カメは池に、小鳥は空に、願いをこめて離すのだそうだ。

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「誰か買ってみる人は居ませんか?」とガイドさんに言われて、我らのメンバーの一人が小鳥を買って空に飛ばした。

確か1羽が1ドルだったような気がする。1羽を手で囲んだ中から空に離した。

籠いっぱいに小鳥を沢山買って、ばぁ~っと空に離す現地の人も見かけた。

カンボジアの人達は、こうした仏時にはお金をかけるのかもしれない。皆さん、とても信心深いのだった。

あの小鳥は、また誰かが捕まえて来て、籠に入れられて売られるんだろうか。もしそうだとしたらなかなか凄いシステムだと感心した(笑)

寺に入る前に靴の番人みたいな男の人が居て、入って出て来るとその人に靴の守り代みたいにお金を払う。仁王立ちで棒を持っていた。

参拝者は皆、物凄い量のお供えモノを持っていた。


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こういう現地に行かないと分からない様な小さな事に感心した。

その後、ラッキーモールとかいうスーパーにも寄った。

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日本で言えば、ダイエーやイトーヨーカドーとかイオンみたいな感じ。


店内をぶらぶら歩いて、向こうのヤシの実みたいな果物を買って飲んでみた。強烈な甘さでは無いうっすっらとした甘さの果実ジュースだった。
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時間になり空港へ向かう。

バスの中ではこれが本当に最後になるガイドのパレットさんが、お別れの挨拶をした。

そうしてアンコールワット遺跡類を堪能した観光客でごった返す空港内で並んで手続きをして、機上の人となり、そこから約1時間少し飛んでホーチミンへ向かった。

今回ベトナムは北と中部の都市の訪問だったので、次はこのホーチミン市内に行きたいなぁと思った。

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乗り継ぎをして、5時間強のフライトで朝の7時45分着の成田へと帰って来た。


成田では思いのほか直ぐにトランクが出て来た。いつも待たされる事に慣れたので妙に驚いた。当たり前みたいに思うけど、やはり日本は素晴らしい国だと痛感する。

その後、仲間と談笑しながら旅の無事を喜び、別れた。


空港内の銀行では例の何処でも拒否されたベトナム紙幣もちゃんと両替出来た。

ちょっと時間があったので、珈琲は飲みたく無いという事でスープを飲んだ。そしたら同じツアーメンバーの方達も後から来て、皆で笑ってしまった。

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次の日が仕事だったので、成田から即、福島へと帰って来た。


   ~~~~~~~~~~~~~~~~


今回の旅は、風邪ひいてた中の出発だったので、最初はどうなるかと思ったが暖かい国に着いたら、すっかり回復してしまった。

私はベトナムもカンボジアも初めて行ったのだが、アジア特有の不思議な魅力も感じられた。カンボジアのアンコール遺跡群は、特に前から見たかった場所なので、行って実際に見れて本当に良かった。まだ未開の遺跡のほうがわくわく感があった。

知らない場所を訪れるって本当に面白い。ツアー旅行を見下す人もいるけど私は全然そう思わない。言葉が堪能ならまだしも、そういう訳じゃ無い年配者が知らない国を訪れるにはツアーは最適だと思う。

たとえ触りではあっても、その国の雰囲気を数日間味わう事も出来る。

何度かツアーで行ってお気に入りの国とかが出来れば、また行けば良いし。まぁそれも年齢的にだんだん限られて来るのかもしれないけど。今回、同じツアーでは70代の方達もたくさんご一緒したので自分達もまだまだイケるなと希望が持てた。


1月の旅行を数か月たってアップしたが、その間、所用が沢山あって、その度に書く事が止まるので、万が一読んでくださっていた方には甚だ迷惑だったかと思います。


「ブログの記事が長い」って事もよく言われるのですが、そのあたりも申しわけ無いです。
あくまでも個人の独断と偏見に満ちた記録なので、ごめんなさい。

当分は海外は行く予定は無いのですが、また何処かに行ったら書こうと思ってます。

最後までお付き合いありがとうございました。


~完~




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# by mismis10 | 2018-04-07 21:29 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・⑧・ベンメリア遺跡


シェムリアップ市内から往復2時間かかる場所にあるベンメリア遺跡は、まだすべてが解明されて無い遺跡だそうだ。

そこは手付かずのジャングルの森の奥深くにひっそりと残っている感じの遺跡だった。

私はツアーで訪れた中ではこの遺跡が一番良かった。木漏れ日の当たる遺跡の感じが、長い年月「そっとここに居ましたよ」と小さく訴えてる感じがした。


入り口周辺でバスを降り、遺跡群が有る場所までの砂ぼこり舞う赤っぽい道を歩いていたら、ガイドさんが両脇の茂みの窪みを指差して「あのくぼんだ場所は地雷で吹き飛んだ痕に出来た池です。」といたって普通に説明する。

青い色の看板は周辺に「地雷があるので気をつけて下さい」という警告文みたいな事が書いてあるらしい。

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地雷が吹き飛んだ後に水が溜まって池になったという場所にはハスの花が咲いていた。

ガイドのパレットさんは、まだ10歳ほどの時、地雷を踏みそうになったという話を詳しく歩きながらしてくれた。

まだ戦争の傷跡が残る中、遺跡による急速な発展とそれを糧にして生活が成り立っている環境がカンボジアの姿だった。

すぐそこに地雷がある暮らしって何だろう。
何も不安も無く生活出来る自分が申しわけ無いような気がした。
そして戦争は嫌だとつくづく思った。


この遺跡は希望者だけのオプションだったが、前日までの遺跡と違って、訪れてる人数も少なくてゆっくり見て回れた。

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高い場所から全体を見回すと、崩れた遺跡に苔が生えているのが良く分かった。


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変わった形のゴミ箱があった。タイヤみたいなゴム製っぽい素材で出来ていた。

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遺跡に彫られてるデバター(女神像)も皆、温和な顔立ちをしていた。

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「海外旅行にはいつも一人だ」と話す単独参加の年配の男性(70代)もこの遺跡を堪能していた。

何故一人参加なのかというと、奥さんがまず飛行機が嫌いなのだそうだ。それとトイレが近いのが不安で海外旅行は駄目なんだそうだ。


確かに70を越えると、足腰はもちろん、そういう理由で海外旅行が無理になって来るんだという現実的な事を教えられた。今年、還暦を迎える身の私としては、そう遠く無い話だなとちょっと考えた。


不思議な事に40代から50代前半までは老後は遠く感じたのだが、50代後半になり、もう60になろうとしている今では70代の気持ちがとても理解出来る。


こうして人間は歳をとって行くんだなと思ったが、12世紀あたりからずっとこうして建ってる遺跡を前にすると、人間の寿命、長くても100年なんて大した事が無いような気がして来た。


壮大な長い歴史を持つ遺跡を前に、元気なうちにやれる事をやっておこうと妙に勇気をもらった気がした。


歩いて、またバスに乗ってシェムリアップ市内へと戻って来た。
そして他のツアーの人達と合流してお昼ご飯を食べにレストランへ向かった。


~つづく~





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# by mismis10 | 2018-03-14 23:22 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・⑦ベンメリア遺跡へ行く道

カンボジア最後の日。

私達グループ6人と数名のツアーメンバーはオプションで頼んだベンメリア遺跡へと向かう。
泊まったホテルのあるシェムリアップ市内から往復3時間かかる遺跡だ。

ベンメリア遺跡は、アンコールワット遺跡よりも前か同時期辺りに建てられたらしい遺跡だという。

森の奥深くに有ったせいで発見が遅れ、しかもまだ全貌がすべて分かって無いらしく、もしかしたらアンコールワット遺跡をしのぐ規模の遺跡かもしれないとの話だった。

敷地近くにはまだ地雷があるらしく、密林の奥深くその姿がある。そこに向かう。

例の昭和の感じのするバスで走る。

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私の中でカンボジアのイメージは行く前と後では違った。

シェムリアップ市内は世界中から集まる観光客のためにシェラトンやパークハイアットなどの有名な高級ホテルが沢山立っていた。大都会である。私達のようなツアーばかりでなく、個人でも沢山の人達が世界中からやって来る。こうした人達が落とすお金で経済が回っているのだ。


しかし、その市内から40キロぐらい離れたベンメリア遺跡へ行く途中、しだいにその街の風景が変わって行った。

バスの窓からその風景を見てるだけでも興味深かった。
こうして世の中の人達は皆生きて生活してるんだなぁとしみじみ思った。

観光地に行った時、こうした普段の生活をかいま見るのが大好きだ。
何の変哲も無い風景を見るたびに、あの風景とそこで暮らす人達を何度も思い出す。




最近舗装されたばかりだという道の脇には、果物やゆでたトウモロコシやらを売ってる露店があった。少し前までは赤茶けた土埃の舞う道だったという。


バスの中から見える家はヤシの葉やトタンの屋根に高床式の家。

雨水を貯めているのか、人の身長ほどある大きな瓶が並んでいた。そこから水を汲んで、身体にかけている少年の姿も見れた。

途中の市場があるような繁華街みたいな通りでは、ぶつ切りの肉がぶら下がったまま売ってる店も有った。

ガイドさんが言うには、皆、貧しいので、子供達は家の焚き木の為に木々を取りに行ったり、キノコなども採ってくるのだそうだ。家族でアジぐらいの大きさの川魚を皆でつついたりして、肉はそれほど食べる訳では無いという。

そんな話から次第に自分の少年時代の話になった。通りに面した小学校が自分の出た学校だと教えてくれた。

お母さんは現在も存命で、この近くに住んで農業をしているという。

シェムリアップに住む彼は時々訪ねると言ってた。

その母親はポルポト政権時代に、すんでのところで殺されそうになった話などを話してくれた。カンボジアの3分の2の人達が殺された事からすると、今生き残ってるお年寄りは壮絶な体験をしているのだろう。

発展途上の国で、都会の街はどんどん近代化されているが、ほとんどの人達はこうした農業で身を立てている。

バスの前の方に座っていたので、ガイドのパレットさんはマイクは使わず、寝ている人達を邪魔しないように私を含めた前方の席の人達に向かって色々な話をした。

今の政権を握ってるフン・セン首相の独裁政治がいけないのだと政治の話にもなった。

彼は「子供達に教育をさせないのが一番いけない」と力説していた。

学校も少なく、まるで国家の権力者が国民が賢くなるのを阻止しているかのようだと。

そして教育の場の先生の待遇もとても悪く、もらった給料では妻子を養えないので、副業として教室にお菓子やノートなのど文房具などの商品を並べて売っているのだそうだ。

生徒もその親もそいう事情を知ってるので、教室でそれらを買うようになっているのだそうだ。ガイドさんが学校に通っている頃はずっとそうだったと話していた。


流暢な日本語で自分の国の今や将来を心配して語る彼の話は、カンボジアのこれからの事を真剣に考えているのが伝わって来た。

帰国してしばらくして、そういう現政権の事を調べてみたら、彼が言ってる事が真実だったと思える記事がたくさんあった。

彼は話の最後に「こんな状況を変えるには私がそのうち政治家になるので応援してくださいね」なんて冗談を言っていたけど、案外本気でしゃべっていたのかも知れない。

動画を再生させるたびに、ガイドさんの話やカンボジアの人達の事を思い出す。


~つづく~




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# by mismis10 | 2018-03-11 09:53 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・⑥宮廷舞踊・アプサランダンス

夜はシェムリアップ市内の大きなレストランで宮廷舞踊を見ながら、アジアン料理のビュッフェスタイルの夕食だった。入り口には、やはりお決まりのお供え物の飾りがあった。Amazonの名前が出てるということは、そういう系のレストランなのだろう。


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何千人も収容出来そうな感じで、写真は撮らなかったが、周りにはビッフェ形式に自分が取りたい料理が並んでた。

そこに取りに行くまでに小じゃれたデザインされた小さな小川や橋まで作られて有った。


それはそれで良いのだが、そのせいで何やら小さな虫もいたようで素足の部分を蚊か何かに刺された。お隣の人も同じような事を言ってたのでバックに入れて行ったムヒを渡した。乾期に行ってこれだと夏は大変かなと思った。でも向こうの人達は全然平気そうだった。


レストラン内はとても広くて舞台までが遠く動画や画像が上手く撮れなかった。

凄い美人の踊り手の女性が居たので単独の舞踊の時に前のほうに移動して動画を撮ってみたが、後で見たら表情や衣装の色が実際のとは違ってイマイチだった。

今回も動画や画像はすべてiPhoneだったので仕方ない。iPhoneは近くの物を映すには良いが遠くは無理がある。

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ガイドさんの話では、この舞台で踊っている人達は小さい時に舞踊学校に入り、厳しい修行で一流の踊り手になるのだそうだ。まず、あの指を全部思っきり外側にそった手の形にするために、小さい時から手の指をそらす訓練するのだそうだ。(痛そう~)

踊りを見ながら自分の手の指をそらしてみたが、まったくあの形にならなかった。当然ではあるのだが、ついそうしてしまった。


しかし、もっとも大変なのは、終始、踊りが中腰で腰をそらせている事らしい。(あー、ますます絶対に私には無理だわ。)


最後にステージで写真撮影とかの時間があって、おねーさんと撮影したい人達が上に上がるようになっていた。


旦那さんが上がって行って、一生懸命に奥さんが写真を撮ってるツアーの仲間も居た。
うちはそういうのは駄目でやらなかったが(笑)上がった人達は皆、楽しそうだった。


この後、オプションで市内のナイト・マーケットツアーが有ったが私達はホテルに戻った。

もう、ホントにくたびれてしまったのだ。でもちゃんと夜のコースに出かけた高齢者のメンバーも居た。(元気だわぁ)


~つづく~


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# by mismis10 | 2018-03-10 23:17 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・⑤アンコールワット遺跡


こういうお昼寝休憩タイムのあるツアーは初めてだった。

まだ1月だったけど確かに遺跡巡りは歩くから暑い国では必要なのかもしれない。

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ホテルに戻って部屋に入ると直ぐに『おやすみ3秒男』の夫は爆睡した。マジでこの人は信じられないくらい寝付きが良いのだ。そばに居たらビックリする程(笑)

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一方、私はお昼寝しようとしても、どうもなかなか寝付けない。天井のレリーフの模様を眺めてみたり、部屋に飾られているモノクロの写真は女か男かなんて考えたりしていた。

そのうち朝早かったし、歩き回ったから足が疲れてるんだよなぁ~とウトウトしているうちに時間が経って直ぐに集合時間近くなった。準備をしてフロントに向かう。


行くまでは知らなかったが、シェムリアップ市内はとにかくホテルが立ち並んでいた。朝のアンコールワット遺跡でもそうだったが世界各国からの人が集まるのだから、ホテルが立ち並ぶのが納得出来る。


泊まったホテルから20分くらいでアンコールワット遺跡に着いた。

「一生に一度は見たい世界遺産」との声も多いアンコールワット。おかげさまで私もついにやって来た。


例によって、バス内で係員の人に朝撮った大福顔の証明書の確認をされたのちに歩いて入る。この時は男性じゃ無く女性の係員が入って来た。彼女ら(彼ら)は、皆、誰が見ても分かる色別のシャツの制服を着ていた。

私達のガイドのパレットさんもそうだった。もし万が一迷子になったら、このガイドのシャツを着てる人に相談して、渡されたメモにある番号やガイドの名前を言うように言われた。


通りに面した場所では、お土産物屋さんや果物を売ってる露店があった。

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修復工事中の橋の前で、ナーガが装飾されている橋の欄干を見て、修復は上智大学のメンバーが行っているという説明を受けた。その顔写真入りの説明看板も立っていた。


ガイドさんの余談だが、中にはこの修復作業が嫌で逃げ出したカンボジア人の人も居たそうだ。でもある日、また戻って来たそうだ。「その人がこの人です」なんて、そのプロフィール写真を指差すガイドさん。(いいのか、そんな事までバラして・笑)

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時間をかけて修復作業がおこなれている。
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それにしてもこのナーガ。やっぱりコブラみたいだ。
神様って言われてもなぁ~

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朝、通った仮の浮き橋でお濠を渡る。
睡蓮の花は閉じていた。

アンコールワットは午前中は逆光になるんだそうだ。それで午後からの見学なのかなと思った。

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西塔門から入ると8本腕の「ヴィシュヌ神像」を見る。
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なかなか良い顔をしていらっしゃる。高い像で見上げるようにして拝んだ。

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その奥隣には、小ぶりの顔の無い像が有って、お線香を炊く人が居た。
ガイドさんの話だとこのヴィシュヌ神像の奥さんだとか。神様にもちゃんと奥さんが居たのか。


次の場所に移動しながらガイドさんの後をついて歩いていたら、ダークな灰色の中にまっ白いドレスの女性が。

結婚式の前撮り写真の撮影だという。

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カンボジアでは結婚式の写真などは必ずアンコールワットで撮るのだそうだ。へぇ~と驚く。ちょっと不釣り合いな感じもしたが、それだけ国民に愛されてる場所なのかも。


どういう風に歩いているの分からないが、遺跡の回りに立ってる木の説明などを受けながら、次はアンコールワット全体が映る池のそばに来た。ここで「逆さ富士」ならず「逆さアンコールワット」を撮る。

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その後、回廊を歩き「天国と地獄の図」「乳海攪拌」などのレリーフの壁を見た後、デバダー(女神)の像が並ぶ、壁画を見る。この像は最初のうちは触って良かったので胸のあたりがテカテカになってしまったそうだ。(現在は禁止されている)

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更に、「十字型中回廊」と呼ばれるアンコールワットのヘソと言われる場所へと進む。
天井を見ると、本当にしっかり組み込まれた真ん中なのが分かる。

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遺跡は元々赤い色だったらしい朱色の残った柱や、江戸時代、日本から来た侍が、ココに到着した印の墨で真っ黒になった日本語の文字の場所も見て回る。

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回廊のあちこちにある不思議なそろばんの珠みたいなデザインの柵について。ガイドさんが「いろんな説があるのですが、通風を良くするためという他に、陽が当たるとアンコールワット遺跡のシルエットになる」という話が興味深かった。本当影がその形だった。
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その後、中央祠堂の前に出た。

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大勢の観光客が急な階段から降りてくるのが見えた。

しかし、私達は上まで登らないと聞いてちょっとガッカリ。
何でも朝から指定数だけの整理券だか入場券をとらないと登れないのだそうだ。残念。
まぁ年配者が多いからね、無理しないほうが良いね。

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帰国してから読んだ話では、見上げるような急な階段は神様の階段で、人間が昇るモノでは無いとの話。カンボジアでは遺跡の扱いが観光慣れしてしまって、お金を出せば何でもOKになってしまっているが、アレは見上げるだけにしておいたほうがバチが当たらないで済むから賢明だったのかもと納得した。

場所を移動しながら歩く。レリーフの説明を聞く。

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その後、またさらに違うレリーフを見ながら回廊を歩く。
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そして外に出た。階段が凄く急で、皆そろりそろりと降りて来た。

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皆が揃ったのをガイドさんが確認して、広い敷地内をバスが待ってる場所まで移動。
すでに、通りの露店のお土産物やさんは店じまいしていた。


トイレに行きたいという人が一人出たので、その方を待つ間に、世界遺産の石碑があったのでよく見たら、英語、フランス語の他に、何故か日本語もあった。カンボジアの言葉では書いてないのが不思議だった。

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それからバスに乗り、夕食の会場へと向かった。


~つづく~



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# by mismis10 | 2018-02-22 17:50 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・④タ・プロム遺跡


少し歩いてワゴン車に乗って、次の遺跡のタ・プロム遺跡へと向かう。

ここは先ほどのライ王のテラスのジャヤーヴァルマン7世が王位に付いた時に最初に作った寺院で、彼の母親の菩薩を弔うための寺院だそうだ。

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最近ではアンジェリーナジョリー主演の映画「トゥームレイダー」のロケ地としても有名になった。

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木の根っこが血管みたいに遺跡に絡みつき、ちょっと考えらえない風景だった。

建物も中の回廊も何もかも、すべてが遺跡と大木の根との共存だった。
何だかこの世のものとは思えない感じだった。

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木の根っこの空洞に入って記念撮影したりしながら歩く。
我らのメンバーの小柄な友達も自分から喜んで入っていた。私は出れなくなったら大変なので止めておいた(笑)

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とにかく遺跡が長い時間ずっとジャングルの中に埋まっていたのが良く分かる。
遺跡の石自体もあちこち壊れたままなので、歩くのもけっこう大変だった。


世界遺産としての修復工事の前と後の様子がパネルで紹介されていた。
遺跡の回廊はこうして直されたのかと、歩いて来た回廊の天井まで眺めた。

特に日本の修復工事は忠実に再現してくれるので評価が高いそうだ。

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寺院の構造も何がどうなっているのか分からないくらい。ただガイドさんの後を付いて行くのが精いっぱいだった。


太い幹の根本に覆われた中から女神のデバダーが見える場所も撮影スポットになっていた。実際の本物はよーくレンズを拡大しないと見えないくらい木の根本の奥深く座っていた。
ガヤガヤとした大勢の観光客が居なかったら、確かに神秘的だったろう。

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よーく見ると中に観音様が・・・↓
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「もともとジャヤーヴァルマン7世による大乗仏教の寺院だったものを、後世の王がヒンドゥー教のものに建て替えた」という宗教改変の歴史の為に、仏像が削り取られている箇所も多い。宝石が埋まっていたらしい場所は盗掘にあってやはり削り取られていた。


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その歴史とその行為のせいで、ジャングルみたいな木々と絡まって神秘的な、退廃的な、不思議な雰囲気が出ていた。

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そこから、また移動。


ここでお昼を取って、暑い国らしく、ホテルに戻ってお昼休み休憩を取ってから、朝日を見ただけのアンコールワット遺跡へと向かうのだそうだ。

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歩き回ったので、休憩があるのは助かる。
昼間のビールはやはり格別においしかった。


~つづく~





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# by mismis10 | 2018-02-18 17:20 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・③「象のテラス」「ライ王のテラス」

バイヨン遺跡から歩いて、今度はサルが普通に住んで居るような広大な敷地の林を通り抜けた。尻尾がとても長い種類のサルだった。



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ガイドさんが言うには、地元の人達がハイキングに良く来る場所だそうだ。

良く見ると確かに家族で何かを食べていた。
炊飯器持参で(笑)

サルはその横で何か食べ物を狙ってたのかもしれない。

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その奧の木には沢山のハンモックが釣り下がって居て、食べ物屋さんが有った。
食べた後に「貸しハンモック」でお昼寝するのだそうだ。

暑い国らしい過ごし方だ。
この日も33度ぐらいあったが、夏はこんなもんじゃ無いと言われた。

赤茶けた粉っぽい土の道をガイドさんの後を歩いて行くと広い場所に出た。

原っぱになってしまっている敷地には見知らぬ小さな花が一面に咲いていた。

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●「象のテラス」と呼ばれる場所では、象はもちろん、神話の中の生き物の「ガルーダ」(鷲の頭とくちばし、翼と爪、脚を持つ鳥人)と「シンハ」(ライオンのような聖獣)の合体した「ガジャシンハス」の彫刻が並ぶ。

画像が上手く撮れてなかったのでお借りした画像で見ると本当にそれが良く分かる。

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今回カンボジアの遺跡を見て、こうした神話の中の動物に詳しくなった気がする。


勝利の戦いから帰った兵士達と王の謁見の場所だと思うと、目の前に広がるただの野原がちょっと違うように感じる。歓声まで聞こえそうな気がした。

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●三島由紀夫の戯曲で有名な「ライ王のテラス」も見た。

三島由紀夫はカンボジアに来て、この風景や遺跡を見て、戯曲「ライ王のテラス」を書いたそうだ。その後、割腹自殺を図ったのでこれが最後の戯曲作品だという。

帰国してから色々読んだら、この作品の舞台を2016年に宮本亜門が演出で鈴木亮平主演で演じていた。その前には北大路欣也が演じている。

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ここにも7つ頭のナーガがコブラみたいな姿で建っていた。


ライ病に冒されて次第に弱って行く自分の姿を豪華絢爛な金色のきらびやかな装束で隠していたという王の像があった。

本物は博物館にあるそうで、これは原寸大のレプリカだそうだ。近くで良く見たら右手の指が無かった。

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その腕に黄色いバックが下がっていので何かと思ったらお賽銭入れだそうだ。

う~ん。輝かしいの栄華をしばし想像していた所に、いきなりの現実世界(笑)

まぁ観光地はそういうモンかも知れない。

そこからまた歩いて移動。


~つづく~



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# by mismis10 | 2018-02-16 13:14 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・②アンコール・トム

アンコール・トムは1辺が3キロの城壁に囲まれた都市跡だ。その近くでバスを降りた後は徒歩だった。

途中、象やトゥクトゥクなどの観光客相手の乗り物の待機場所みたいな前を通った。


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一口にアンコールワット遺跡と言っても、それは一部の遺跡で、カンボジアには他にも分かってるだけでも100を超える数の遺跡が点在している。何かの移動手段が無いと見られないのだ。

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私達のツアーはホテルを出た後の大型バスからボックス型ワゴン車に数人ずつ分乗しての移動だった。

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南大門が見えて来た。

門へ続くお濠の橋の両端には、右側に阿修羅、左側には神々がそれぞれ54体ずつ計108体(煩悩の数と一緒)に並んでいた。

その橋の欄干の形が「ナーガ」と呼ばれる神話に出て来る蛇神様だという。
それを阿修羅と神が向かい合って持ってる形のデザインになっている。

このナーガは頭が7つある蛇神様なのだが、最初は気持ち悪かったが、あちこちで見かけるうちに見慣れて来た。

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こちらが阿修羅。
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こちらが神様。


いよいよアンコール・トムの5つの門を持つ城壁の最も美しいとされる南大門からバイヨン寺院へと向かう。


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この南大門の上にも東西南北の四面すべてに観音菩薩像が彫られていた。


この城壁内には過去10万人を超える人達が住んでいたというのだが、その人達を敵から守るかのような感じだ。


門は車一台がやっとの幅なのに、けっこうな割合で車やトゥクトゥクやバイクが引っきり無しに通る。とにかくカンボジアもベトナムと同様に交通ルールが無い感じなので、道路を歩く時や横切る場合は急がずゆっくり堂々と歩く事が大事らしい。

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何世紀も前にこの門を通った人達と同じように自分も門をくぐる。



中に入ると巨大な木があちこちに立っていた。

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特有の気候ゆえに、木はあっという間にすぐに大きくなるのだそうだ。
後から行くタ・プロム寺院でもそれは十分に分かった。

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寺院内のレリーフに付いては、ガイドさんが説明してくれた。

宗教的なアンコールワット遺跡内のレリーフと違って、こちらは当時の生活の様子が彫られている。

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庶民が魚を捕る漁の様子、狩りをする様子、当時飼われていた家畜の様子、戦争に勝ってお祝いをする宴の様子、その後、二日酔いの人を介抱する様子、出産のために女性(今で言う助産婦さん?)が手伝う様子、など日常の様子が彫られていた。


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柱などのあちこちに「デバター」と呼ばれる女神像が彫られていた。
この女神がけっこう好みだった。

友達が女神とのツーショットを撮ってくれた。

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宮廷舞踊のアプサランダンスのレリーフも見つけた。
12~13世紀からこうしてずっと残っていたかと思うと、見てて感慨深い。

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足元が悪いのと、暑いのとで、画像を撮るのもそこそこにガイドさんの後をひたすら続いて歩く。

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中央にある「バイヨン(バヨン)寺院」は「バ」は美しい、「ヨン」は塔という意味だそうだ。ここは複雑な形をしているのと多くの観光客ですれ違うのも大変な状態だった。

回廊の中のレリーフを見ながら進むのだが、あちこちに急な石の階段があったりして歩くのが大変だった。


「クメールの微笑み」とか呼ばれてる四面仏塔郡が並ぶ上部テラスに出る。

そこは身動き出来ないくらい観光客でいっぱいだった。

日本人にとってお馴染みの芸人の故・京唄子に似てる観音様とツーショットしたい人達であふれていた。この仏塔が一番人気なのだそうだ。

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特に韓国の観光客の人達は、観音様と一緒にいちいちポーズをとる画像を撮りたくて混みあっていた。それに加えて、やたらに大声で何かを話す中国人の観光客の人達と、画像から外そうとしても長身で入ってしまうぬぅ~とした西洋人という具合に。

とにかくいろんな国の人達がいて、観光客を入れずに画像を撮るのが大変だった。

やはりココは世界遺産なんだと思った。


もはやお祭りの夜店の前みたいに観光客でごった返しているその場を移動した。


~つづく~



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# by mismis10 | 2018-02-15 22:27 | 2018・ベトナム・カンボジア

カンボジア・①アンコールワット遺跡の朝日


アンコールワット遺跡の西参道正面からの夜明けを見るために、ホテルのフロント前集合が5時だった。4時前には目が覚めたが、寝ボケまなこのままバスに乗る。

何でもこれから行くチケットセンターで顔写真入りの証明カードを作るのだそうだ。

朝の5時に(笑)


暗闇の中、バスが着いた建物内は世界中から集まった人達でとても早朝5時とは思えないくらい混んでいた。


並んでる人達は皆、朝日を見るために来てる感じで、証明カードを受け取るとさっさと遺跡へと向かう。

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指定された列に並んで一人ひとり窓口で写真を撮る。


これがまた窓口の手前の狭いカウンターにただ置いてあるだけのカメラ。
したがって思いっきり下から撮られるので、二重アゴのモリモリの大福みたいな証明写真が出来上がった(笑)


これを終始、見せるのだそうだ。あぁ~あ。

一緒に行った友達にも写真を見せて笑い合う。
お互い凄い顔だった(爆)


夫は失礼な事に「アンタはそのままの顔だ」とか言ってた。
ふん、アータもね(笑)


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バスが遺跡の近くに停まると係員の人が乗って来て確認に来る。このカードを首から下げて無いと遺跡の敷地の中には入れない。(滞在中、遺跡群に入る時はずっとそうだった。)


団体料金が37ドルだったが「この全部が遺跡保存の為に使われてるかどうかは怪しいです。使われてるのはこのホンの一部ですね。」とガイドさんが言っていた。あの人数からしたら凄い額になるだろうがこれが世界遺産の恩恵なのか。


敷地内に入り、バスを降りてガイドさんの後について歩く。


これがまた、けっこう足元が悪い。


まだ月が出ていた。

ここで、懐中電灯が役に立つのだった。
(旅の支度の欄に、持参するモノとして書いてあったのがコレだった。で、トラブルになった人もコレのせいだったが。)

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そうやってまだ暗い中をぞろぞろと歩く。


アンコールワット遺跡は回りがお濠で囲まれていた。日本のお城の構造と似てる。


その中に入る橋を日本の援助で現在修理をしてる最中だと言う。

脇のほうにある「浮き橋」を通って中に進む。


これも日本からの援助で作られたそうだ。数トンの重さにも耐えるという浮き橋だったが、フワフワした足元でちょっと落ち着かない。

中央西塔門を入って中に入る。

でも真っ暗で何がなんだか分からない。

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そこをくぐると正面遠くに中央祠堂が見えた。
当然夜明け前だから暗い。やはり懐中電灯を頼りに歩く。
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こうして夜明け前に世界各国から来てる観光客がそれぞれ日の出を見るポジションを陣取って、ひたすら朝日を待つのだった。

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その間中、モノ売りの女性の人達がスカーフやら何やらを持って近づいて来る。

どうやら相手が何処の国の人かを瞬時に把握するらしくて「オネーサン、3マイ、センエン」「ヤスイ」「カワイイ」と連打のように言葉を浴びせて来る。若い女性や子供を連れた人も居た。生きるために必死なのだろう。


ちょっとでも興味を示したら場所を移動しても、とことん着いて来る。生活がかかっているから、それはそれは凄かった。気の毒だが最初から買う気が無い場合は目を合わせないのが一番だった。たまに根負けして、そういう土産物を買ってる人達が居た。


こうして朝日が昇るまで、皆、色んな場所で待機して待っていた。

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だんだんと明るくなって世が明ける気配がして来た。


右手のほうからオレンジ色の朝日が昇り出した。皆、そちら側を見てシャッターを押していた。

画像を時間経過ごとに並べたら日の出の具合は分かるだろうか。

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遺跡は東西に正対して立っているので、春分と秋分付近の日程では中央の高い塔の裏側から日が昇るらしいが、右手からの登場でも十分だった。

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こうして朝日を見るツアーが終了して、また来た道を帰る。

暗い時は分からなかった周辺の様子が次第に見えて来た。

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修理中の橋や、その代わりに通って来た浮き橋やらの全貌が分かった。

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お濠の中では朝しか咲かない睡蓮の花が咲いていた。

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朝日の見学ツアーを終えて、いったんホテルに戻る。
朝食を取ってから次の遺跡群の見学だ。


~つづく~



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# by mismis10 | 2018-02-11 23:21 | 2018・ベトナム・カンボジア

ベトナム⑩ベトナムからカンボジアへ(その2)



夜の観光で行ったホイアンの旧市街で迷子になった二人が、今度は搭乗間際で止められたのだった。(とにかく災難な二人だった。)

今回のツアーは現地の空港外には現地のガイドさんがそれぞれ付くのだが、基本的に空港内では自分達で手続きをする。いざ、カンボジアへという時に「待った」が掛かったのには皆驚く。そんな訳でガイドさんも居ないから、どうなるか心配だった。

一体何が駄目なのか。さっぱり分からないまま、空港内の別のところに連れていかれてしまった。

歩きながらご主人がとても大きな声で英語で抗議していた。

皆で「どうなるのだろうか」を心配して口々に話をしながらも、どんどん私達は誘導されて空港内バスに乗せられた。

機内に乗り込んで、しばらくして、本当に最後の最後のほうになって二人が現れた。良かった~

聞けば、カンボジアでアンコールワット遺跡の朝日を見るために持って来た卓上にもなる懐中電灯がひっかかったらしい。その本体のバッテリーが機内持ち込みが出来ないとかいう話だったようだ。

しかし、手荷物チェックの時は大丈夫だったのに、何故に搭乗間際で駄目になったのかさっぱり分からず。

海外駐在が長かったらしいご主人が凄い剣幕で抗議したらしい。それはそっちの不手際だと。(確かに、私達の前で手荷物検査では何も言われてなかった。)


飛行機のシートに座っても、まだ腹の虫が納まらない興奮気味のご主人を奥さんが「まぁまぁまぁ」となだめていた。語学の堪能な人達で良かった。私だったら完全にアウトだったかもなぁと思った。こういうのがあるから海外旅行はねぇ。


こうしてベトナムのダナンからカンボジアのシェムリアップへと飛行機は飛び立った。
2時間の飛行時間のあと、空港へ到着。

タラップ降りて、すぐに歩いて空港の建物だった。夜の暗闇にそこだけキラキラして綺麗だった。

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ベトナムの北部・中部の都市から、明らかに気温の高いカンボジアに到着した。


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手続きが済んで出口を出て現地のガイドさんと合流。


人数確認のあとバスに乗り込んだ。
このバスが昭和レトロな感じのバスだった。


そして、一同、このカンボジアでの男性ガイドのパレットさんの流暢で綺麗な日本語の話し方に驚く。

いまどき、こんなにきちんとした話し方をする日本人は居ないだろうと思うくらいだった。

日本に留学でもしてたのかと思ったら、少しだけカンボジアの学校の先生に習ってあとは独学だと言う。

へぇ~と感心しながら、ホテルへと向かった。


到着後、その中のレストランで遅い夕食を取った。
クメール料理(カンボジア伝統料理)

ココナッツミルクの入った定番料理の「アモック」や「チャートロアップ」という直訳すると茄子炒めがおいしかった。

ナントカという白身の魚料理も出たが、その名前を後で検索したら「雷魚」だった(汗)

トムヤンクンもカンボジアでは良く食べらてるそうで、それも出た。

青パパイヤ入りのサラダも美味しかった。
もちろんアンコールビールも(笑)

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明日は、朝日を見るツアーなので4時起床の予定。

いよいよ、アンコールワット遺跡だ。

~つづく~


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# by mismis10 | 2018-02-09 21:14 | 2018・ベトナム・カンボジア

ベトナム・⑨ベトナムからカンボジアへ(その1)


欲しい雑貨やビニールバックはこれまで立ち寄った観光客相手の店にはまったく無かったがなんと最後に寄ったブテックみたいな小さなお店で、欲しかったものを発見。


ひとつしか無かったのも、なんだか私を待ってくれてたかもしれないと勝手に思う。

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誰も見向きもしない品を一人ホクホクとした面持ちで購入。

実はこのライスペーパーを湿らすプラスチックの用具を数か月前にネットで見たが、日本でベトナムから取り寄せると確か送料だけでも2000円を超えてしまう。現地での価格は日本円だと600円くらいだった。

しかもコレ、ベトナムに行ったら何処でも売ってるのかと思いきや、まったく見かけなかった。

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※真ん中にライスペーパーを立てて、両サイドに水を入れる。巻き巻きする前にライスペーパーをしっとりさせる訳です。


まぁ、お皿に水を張って湿らせばそれで良いのですが、私は何故かどーしてもコレが欲しかった(笑)



しかし、こんなもん買ってる人はツアーの中では誰も居なかった。

私の喜びとは逆に「何それ?」っていう反応だった(爆)

更にビニールバックも購入。この手の持ち手が長いタイプのバックが欲しかったのだが、連れて行かれるお店ではまり見かけなかった。

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更にその後、ガイドさんが大きなスーパーマーケットに飛行機の時間調整で寄ってくれた。

日本で言うと大規模なイオンみたいな大手のスーパーで、ペラペラのアルミの匙やレンゲとか業務用品みたいなのが欲しい私には多少イメージが違っていた。

でも買えそうなもんは時間が無いので速攻で買う(笑)

キッチン用具の辺りでは先ほど手に入れたグッズが並んでないかと確認したが無かった。


それから空港へと向かう。


空港の一角で買ったモノをトランクに詰めて搭乗手続き。


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そういえば本場のバインミーを食べて無いので空港内にそういう店があるのかどうかブラブラしてみた。

残念ながらそうしたお店は無かった。

ちょっと近いようなモノと珈琲で休憩。
でもパンは米粉が入ってるような柔らかいフランスパンだった。
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ベトナムはアメリカドル紙幣とベトナム紙幣と日本の紙幣が使えるのだが、私が何処かでお釣りでもらった5ドル紙幣が古いお札で、それを出すと何処のレストランやお店でも「コレは駄目です」という仕草をされた。

空港内の店なら大丈夫かと思ったら、やはり駄目だった。


本物のお札なので成田に着いて銀行で交換したら、ちゃんとレート交換してもらったけど、ベトナム滞在中、いくらそれを出しても、受け取ってもらえなかった。


ガイドさんに話を聞いたら、2千ナン年だったか忘れたが、とにかくある年以前の製造の紙幣はほとんどの店で駄目なんだそうだ。


それの年号が老眼の目では見えないくらい小さな数字なのだ。

こんな小さな数字をよく皆見てるなぁと、そちらのほうが感心したほどだった。(残念、画像撮っておけば良かった。)


その後、残った半端なベトナム紙幣を使うおうと、マッサージ機を使ったりして時間まで待つ。

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搭乗ゲートのそばにはこれから乗る飛行機が見えた。
なんとプロペラ機らしい。
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そういうのを見ながら時間を過ごしていたら、搭乗ゲートが変更になった。

これは海外の空港では当たり前のように起こる。初めての時は焦ったが何度か経験してるうちに慣れた。そこへ皆で移動。

いよいよ搭乗かと思ったら、そして、ここでまたアクシデント発生!!

長いので、また。

~つづく~



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# by mismis10 | 2018-02-08 19:56 | 2018・ベトナム・カンボジア

ベトナム・⑧昼のホイアン旧市街観光


夜にはカンボジアへ向かうのでベトナムが最後の日だった。

お買い物するのは連れて行かれるツアー会社とのタイアップしてる店ばかりだが、そうした店に入るたびにいろんなお土産を細かく買ってるうちに、いつの間にか荷物が増えてしまう。

本当はこうした観光客相手の店じゃ無い所に行きたいのだが。

6人のメンバーの中には、ぜんぜんお土産モノに触手を伸ばさない友人夫婦もいたが、それはそれで凄いなぁと思った。

私なんぞ、あちこちで手を伸ばすのだが、帰って来たら大したもんは買って無かった。

まぁこれは毎度お馴染みの話ではある。私はどうもお土産ってセンス良く上手に買えない人なのだ。いっその事、その友人夫婦みたいに買わないってのも手なのかも。絶対無理だけど(笑)


そんな事を考えながら、集合時間までトランクの中身を整理した。


まず今日は、昨夜ぞろぞろと歩いたホイアン旧市街に再び行って観光だった。
夜の雰囲気とはまた違った感じだった。


●日本人が作った「遠来橋(通称・日本橋)」
17世紀初頭に日本人、ベトナム人と中国人が共同で建設したとされる橋 。
この辺りに日本人町があったのだそうだ。
橋の両端を木彫の猿と犬が2匹ずつ守っていた。

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●それは「海のシルクロード博物館」でも分かった。
海を渡って日本の焼き物がこうしてベトナムに来ていたのね。
少ない数だったが確かに日本の陶磁器だった。

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●「フーンフンの家」という約200年前に貿易商人の家として建てられた木造建築の家も見学した。実際に子孫がこの古民家に住んでるそうだ。


テラスの装飾は幸運と繁盛の意味を持った鯉。鯉は中国人にとって幸運、日本人にとって権力、ベトナム人にとって繁盛の意味だそうで、そこからホイアンの通りが眺めれられる。


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●天后聖母を祀る「福建会館」
華僑の人達の集会所的役割を果たしてる建物。

ココでラスボス小林幸子を彷彿させる聖母さまを拝む。

巨大なグルグル巻きの赤いお線香は3週間ほどお線香の香りをさせて燃え続けるのだそうだ。日本円で確か4000円くらいだった気がする。釣り下がったモノを見たら、英語や中国語、もちろん日本語のお願い事を書いたお線香があった。

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その後、自由行動で散策時間。
ぶらぶらと歩いて散歩した。


そしてココで昼食。
ここのお店のお皿は何だか有田焼っぽかった。

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その後、お土産物やさんに寄って、ダナンへ。

ダナンはベトナムのビーチリゾートで、トイレ休憩に寄った土産物とレストランが一緒になった店でさえも海が見えて屋外プールやらが有った。

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ベトナム最後の日はまだ続いた。

長いので次へ。

~つづく~




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# by mismis10 | 2018-02-07 20:51 | 2018・ベトナム・カンボジア

ベトナム・⑦ホイアンの夜のランタン通り

ホイアンに着くと、すっかり夜になっていた。
雨が降る前にランタンの灯るホイアンの旧市街を散策することになった。


世界遺産になってるホイアンの旧市街を皆で歩く。
その通りに入る前にはチケット購入するのだそうだ。
ちゃんと看板も出ていた。団体旅行のチケットなのかガイドさんが手続きした。

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街中は、至るところにランタンが並んで幻想的だった。

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世界中から観光客が来ているので話してる言葉が違う。

通りを歩いたり、橋を渡ったり。

※動画はコレ↓

https://youtu.be/WNCUpiWTHbs



「付いて来て下さいねー」とガイドさんが言っていたが、とにかく凄い観光客の数。

ガイドさんが時々立ち止まっては人数を確認している。


しかしいつの間にか一組の夫婦が迷子になった。

最高齢での参加のご主人とその奧さんだった。
他のメンバー全員が一旦通りの一か所に集合して待機。
そして若いガイドさんが人混みの中に消えて行った。


それから待つ事10分ぐらい。
ちゃんと二人を見つけて帰って来た。

お見事♪

皆で拍手。


またそこからぞろぞろ歩いて街中のレストランで夕食。

ホイアンの3大名物だというホワイトローズ、揚げワンタン、カオウラ(汁なし麺)も出て来た。花を模った野菜が何か、赤トウガラシじゃ無いか?とか皆で言いながら、試した人は「辛く無いシシトウかパプリカみたいだ」とか言っていた。とにかく野菜は色々な種類のものが出て来た。(照明が暗いお店なので影になってしまった。)

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食事が終わって、ホテルにバスで移動。

この日も凄い距離の移動をした。

夫が持って行った万歩計は多い時は2万歩を超えていた。


「明日の朝は出発がそれほど早く無い事」を聞かされてちょっと安心した。
ツアーもけっこう体力がいるのだ。

明日の朝はゆっくり出来る。


~つづく~


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# by mismis10 | 2018-02-05 16:09 | 2018・ベトナム・カンボジア

ベトナム・⑥古都・フエ

フエは日本で言ったら京都みたいな都市だと思う。
ベトナム最後の王朝の王宮跡や皇帝廟や寺院がある。

最初は「カイディン帝廟」へと向かう。

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派手好きで贅沢好みのカイディン帝の廟は西洋風の建築で陶器を張り付けた装飾を施したせいで時間と費用がかかったのだそうだ。

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それも実際の陶器をいちいち割って色別に別けて作られた装飾は大変だったそうだ。日本の物と思われる文字の入ったガラスや陶器の破片も使われていた。
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黄金の椅子は本物の金だそうだ。

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そこからまたバス移動で、今度はフエ料理を食べるレストランへと移動。

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お腹が満たされた所で、今度は「ティンエンムー寺」へ
天女のお告げで建てられた八角形七層のお寺だそうだ。

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お寺の建物もだが、庭木も珍しかった。

私達6人のメンバーの中にはやたらと植物に興味のある人がいて、すぐに画像を撮りに居なくなってしまう。奥さんである友達のY子ちゃんは飽きれていた。(どこに行ってもそうらしく、はぐれる事が多々あったそうだ・笑)

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ジャックフルーツの木。

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沙羅双樹の実。

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プルメリアの大木。

お寺の塀から外に出ると放し飼いの鶏も居た(笑)

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境内へ向かう道には露店が並んでいて、見た事も無い果物を売っていた。


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シクロと呼ばれるベトナムの人力車。
客が居ない時は、ほらこの通り。
お昼寝も出来て便利みたいだった(笑)
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またそこからバス移動で今度は「阮(グエン)朝王宮」へと向かう。

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ベトナム最後の王朝がおかれた、阮(グエン)朝王宮はフエを象徴する観光スポットで世界遺産に登録されている建築物の中でも最高峰。

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日々、修復が行われているそうで、この日も屋根や欄干あたりの修復をする作業員の人の姿が見えた。

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ベトナムは盆栽が人気。いたる所に盆栽がある。


こうして古都フエの世界遺産の観光を楽しんだ後は、連泊のホイアンのホテルへ向かう。
ここからまた3時間バスに揺られる訳だ。

~つづく~



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# by mismis10 | 2018-02-04 15:51 | 2018・ベトナム・カンボジア

ベトナム・⑤ホイアンからフエへの風景

泊まったホテルのあるホイアンはベトナムのリゾート地。数年前には日本の天皇陛下・皇后様も訪問した時に泊まった地域だそうだ。名だたる有名なホテルが建っていた。
私達のホテルも古いけど清潔な広いホテルだった。


しかし朝起きて大きな窓から外を見たら遠くのほうに例によって牛が草を食んでいた(笑)未だにあの牛はどこからやって来たのか分からない。とにかくベトナムはどこにでも牛が居た印象が残っている。

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海岸は直ぐそばなので朝食を食べてから散歩して来た。

ガイドさんが言うには、ここ数十年地球温暖化の影響で遠浅の海がずいぶんと変化しているらしい。今よりずっと白い砂浜が続いていたのだそうだ。

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緑色のペンギンがいると思ったら、ごみ箱だった。
このペンギンの目が妙にリアル(笑)

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お椀のような形の船があった。

滞在中にバスからも見えたのだが、こうした形の船で、実際に海で漁をしていた。
砂浜にあったソレを近くまで行って良く見たら、結構中はガッシリした感じだった。

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出発時間が近くなったので部屋まで戻り、集合場所のフロントに向かった。

ここからまたバスで3時間の移動だった。
ベトナムの古都「フエ」へとバスは向かう。

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その少し前から雨が降り出した。
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例によってバスの中からのバイクウォッチング。

雨が降っても、ベトナムの皆さん、一向に気にせず相変わらずバイクの人が多い。ビニール合羽を着たりしてびゅんびゅん走ってる。子供もたくましい。

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単純にビニールをかぶっただけ風の人も発見。


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こうした市内の風景を見ながら高速道路みたいな道路に入った。

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フエへ向かう田舎道のわきの田んぼには水牛や牛がたくさん居た。



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まだ機械化されて無い所はほとんどこうした動物が仕事してくれている。
水田に稲を植えたらカルガモやアヒルを放すのだそうだ。

そして雑草をしっかり食べてもらってお役目が終わると人間の餌になる。牛も同じと。


ちょっと考えると気の毒だと感じたが、食物連鎖で極めてロスの無い事だと思った。


必要以上に殺生もしないから循環しているんだろう。
むしろ無理やりな飼育のブロイラーのほうが可愛そうだし人間にとっても良く無い。


放し飼いの動物がこうしてのんびり草を食んでる姿を見てそんな事を考えた。

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二毛作の稲の作付けの頃の田んぼが続くなかバスは走る。

~つづく~




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# by mismis10 | 2018-02-04 10:02 | 2018・ベトナム・カンボジア