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引越し物語り・後編


やっと高円寺まで来たまでは良かったが、
カギの受け渡しの不動産屋さんが南口で、住むアパートが北口にある。

道路そばの不動産屋かと思えばビルの5階まで行って来るという。
2台の車は、僅かに空いてた道路わきに無理やり停車して次男を待つ。

待ってる間、家具屋さんの前からタクシーの中に
小ぶりの赤いソファーを買って、車内に押し込んで運んでいる若い女のコを見た。
(新生活始めるコかな、それにしても凄いや・・・。)

戻って来た次男を乗せて、いざ出発。

一方通行の道路が多くて、ただ南から北に行くだけなのに、これがやたらと面倒くさい。

しかも道路が狭いし、駅前だから人が沢山歩いて居る。
自転車の人も多い。バイクの人も来る。

それでもなんとか北口に出たが、
今度はアパートの住所までたどり着かない。

すんなり行けそうな道路は、
午後からの歩行者天国状態らしく、その道は通れなくなっていた。

駅周辺で、商店街近くっていうのは、こういうのがアダになる訳だ。
困難の連続だった。

なんとかその通行止めの道路を使わずに、
そのアパートの住所番号の周辺をうろうろするのだが、この道路が非常に狭い。
サイドミラーを、犬や猫が耳をペタンとするみたいに折りたたみながらやっと進む。
こうして車1台がやっとの幅の道を、しばらくさ迷うコトになる。

しかも、前方から車が来ると、どういう訳か、
私の運転する車だけが、バックして数十メートルは戻るハメにあったりして、泣きそうだった。

電柱の番号を見ると近い場所をうろついてるのだか、どうしてもアパートにたどり着かない。
前のトラックから長男が降りて、近くのお店の人に聞きに行ったようだ。

台車に冷蔵庫やダンボールの箱を載せた宅配のおにーさんが、ガラガラと荷物を運んでいた。

そうかぁ・・・・。
道が狭いから、車では入れないのか。
どうしてそんな人がいるのか最初は分らなかったが、見てるうちに理解した。

そんな中、電信柱ぎりぎりのような幅の道路を、さ迷う「ホロ付きトラック」と「乗用車」・・・。

道行く人達から〝あんたら、何でこんなトコに入って来たの?〟という視線を感じる。
(しかも軽トラと福島ナンバーの車だし。。。。笑。)

そうして、自転車のおじさんやら、さっきの宅配のおにーさんから、
白い目で見られながらも、なんとかアパートの建物の前にたどりついた。

それからが問題。

道路をふさいでしまってはイケないので、
一気に荷物をアパートの中に運び入れないと大変なのだ。

ぎりぎり通れる場所をなんとか作って、まずは乗用車のモノを全部入れる。
車を入れ替えて、今度はトラックの品を運ぶ。

その間、私ら4人の作業員は必死だった。

火事場の馬鹿力みたいに、みんな、黙ってもくもくと運ぶ運ぶ。
ものの15分もしないうちに、全部荷物を押し込んだ。
運び入れる通路が15mくらいあったが、1階だったので、まだ良かった。
これで階段があったら大変だった。

最初、同じ敷地内の大家さんさんに菓子折りを持って挨拶に行ったが、留守だった。
運び終わる頃に旦那さんらしい人が帰って来たので挨拶した。

ゴミを出す日とか、詳しいコトは家内から聞いてくれと言われたが、
とにかく自動車が変に止まってるから気が気で無い。
後日、それは息子に任せる事にして急いで戻る。

もう、部屋の様子も何も見るヒマなんぞ、まったく無い。
当初の予定では、いらないダンボールとか持ち帰るはずだったが、無理だった。

全部の荷物を「突っ込んだ」という表現がぴったりのまま、ソコを後にする。

滞在時間は、全部で約20分だろうか。。。笑。

あとは自力でやってもらうしかない。
また急いで、それぞれ車に乗り込み、また八王子を目指す。

狭い道路をなんとか出て来て、さっきの環七通りに出た。
これじゃ都内で宅配運送会社に、パートに出られそうな勢いだった。
着いてからの手際の良さも、実に天才的だった。(自我自賛。。)

そうやってまた渋滞や混雑の環七通りを走って、中央自動車道に乗ったら、なんとか安心した。
もう辺りはどっぷりと日が暮れて来た。

こうなると、あの「きたないアパ-ト」でも何でも、とにかく早く帰りたかった。(笑)

同じ場所で、また渋滞に遭いながらも夜になり、なんとか帰って来た。
ほんと、疲れたぁあ・・・。

途中で、駅前にレンタカーを返しに行った長男とコロちゃんから電話が来て、
何処かで夕食を取るから出て来いとの話。
確かに、食事なんて作る元気がまったく無い。

長男がよく行く顔なじみの店員さんが居る店に行った。

店内は、凄い混み様だったが、
次の予約時間までなら席を作ってくれると言う。
有り難かった。
お疲れさんの乾杯をして、ビールを飲んだ。
うま~~い。

こうしてご飯も食べて1時間くらいで引き上げて帰って来た。
駅ビルでケーキを買って、アパートに帰って来たら夜10頃だった。

午前3時から延々と活動して、やっと落ち着いた。
ヘトヘトに疲れた長い一日だった。

持って行った登山用の寝袋だけでは、とても寒い夜だった。
かろうじてホットカーペットがあったのが救いだった。

寝ずらいと感じたのもつかの間、いつのまにか泥のように眠った。

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次の日、また片付けを手伝って、
使わない品やゴミを大量に積んで、また東北まで帰って来た。
今度はただ帰るだけだから、
あちこちのSAで休んだり食事をしたりしてお気楽に帰って来た。

途中眠いというコロちゃんと交代で運転を代わったりして、
ひと仕事終えたおっさん達みたいに「やれやれ・・・」なんて言いながら。(笑)

走行距離・・・734キロ。
長距離トラックの運転並の走りだ。

引越しって、本当に疲れる。

この次の引越しは、お金を貯めて業者に頼んでね。>次男へ

この週末は、長男の引越しが待っている。
もう車では行かないから、まだいいけど、雨の天気予報が出ている。
雨は困るなぁ・・・・。歩いて荷物を運ぶ身にとっては。

やれやれ、またまた、どうなるコトやら。

まだまだ続く、お引越し物語。


~おわり~
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by mismis10 | 2007-03-22 23:24 | 引越し物語(2007・3)

引越し物語・中編


着いてから、まずは腹ごしらえ。
それから、バタバタと準備にかかる。

次男の品モノは、自分のモノでは無いので、バンバンと捨ててあげられる。(笑)
誰に似たのか、洋服と靴がやたらに多い。

12時近くに、予約して置いたレンタル車の
ホロ付き軽トラックを長男とコロちゃんが借りて来る。

長男は、このアパートに来る時に、
自分でこのタイプの軽トラを運転して引越しをした経験があるので、
詰め込む手順が上手い。

ベットが入るかどうかが一番気がかりだったが、ソレもちゃんと入った。

それから、どんどん詰め込むのだが、次男の卒業式まで、
まだこちらで生活して行ったり来たりするので全部は運べない。

とにかく、持って行くモノは全部詰め込んで、
いざ出発となったら、すでに午後2時を過ぎていた。

悲しいかな・・・この兄弟、運転免許は持っていても、
ココの所、全然運転していないから、二人共、運転は勘弁してくれと言う。

レンタルのホロ付き軽トラックをコロちゃんが運転して助手席に長男。
後ろの乗用車の方に、私と次男。

八王子市内から、中央自動車道へむかう。

これが、途中でまた渋滞。
なかなか中央自動車道へと入れないまま、ノロノロ運転が続く。
来る時もそうだったが、この道はいつもこうなのかと、多少いらつく。

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やっと自動車道へ入れたと思ったら、いきなり
コロちゃんのホロ付きトラックはガンガンと思いっきり飛ばす。(笑)

ホロがバタバタと横殴りの風にあおられているが、お構いなしに走る走る・・・。
それもかなりの猛スピードだ。

次男が「ねぇ、コロちゃん。こっちの車の事、忘れてねぇ??」
「うん。・・・たぶんね。」と私。

引越し当日は、寒い上に、とても風が強い日だったので、
ビニールのシートは、あおられてバタバタと大変そうだった。

それでも、そんな事をもろともせず、
4月で満56歳のコロちゃん、歳に似合わず暴走するのだった。(爆)

付いて行く私のほうも必死だった。

そうやって、朝、通って来た中央自動車道を、さっきと逆に都内方面へと走る。
渋滞する場所も通って、とにかく先に進む。

前の長男から電話があって、降りる永福出口の確認。

途中、料金所や出口付近が渋滞する。

その辺に来ると、道路標識や道路には案内の文字があるので、
車線をそれにしたがって変更しながら、前のホロちゃんトラックに続く。

ETC付きの私の運転する乗用車と、前のそれが無いレンタルトラックでは、
別々に通過する時に、はぐれてしまうのでは無いかと案じていたら、
どちらも両方使える場所があった。
(そうかぁ、こういう時に使う出入り口なのか・・・と妙に感心する。)

ホロちゃんトラックの後に続いて、私もソコをくぐって通過する。

いよいよそこから都内の一般道を走る。
環七通りだと思う。
これがまた非常に混んでいる。

しかも皆飛ばすので、緑色のホロちゃんトラを見失わないように走るのが大変。
ちょっとでも間が空くと、即、他の車が割り込んで来るので、とにかくピッタリ付いて走るようにした。

そんな私の車を知ってか知らずか、コロちゃんのホロトラは
相変わらず、後ろの車の存在は忘れたかのように、凄いスピードで走る走る。

隣の次男が「コロちゃんも、多分、いっぱい、いっぱいなんだね」と言う。
(・・・てか、人ごとじゃないだろ・・・。あ~たの引越しだ・・ってばっ。)

後で考えたら、緑のホロがかかってるので、
運転席のバックミラーがまったく見えなかったらしい。

代わりに、サイドミラーで確認していたと言うが、それにしても早っ・・・。
カーチェイスじゃ無いんだから。なぜにそんなに飛ばすんだ。

そんな感じで走ってると、何とか高円寺の標識が出て来た。

「なかなかやるじゃん。コロちゃん」「ナビなしで、ねぇ。。」
と後ろの方で次男と二人で喜んでいたら、あらら、この車線は、どうも違うような・・・気が。

案の条、どんどん目的の高円寺行きの方向と離れて行く。

前の長男から電話。
いったん、どこかで戻って、また入りなおす。との事。
ところが、道路はもちろんUターン禁止なので、また随分と戻るハメになる。

そんな事をしている間に、どんどんとホロトラが離れて行く。
ずっと先の方に、わずかに緑の色のシートの欠片が確認されるくらいまで離れた。
なんとかそちらに、追いつくように焦りながら走る。

都内は、ナビが無いと本当に大変だ。

でも、このまま行くしかない訳で、なんとか追いついた後、
かなり戻って、また最初からやり直し。

(あぁ~あ、ナビがあれば、こんなコトにならないのになぁ~~。)

さっき間違えた場所まで戻って来たら、
今度は間違わないようにそちらの方面の車線へと入る。

またしても、少しでも隙間があると、
あっという間にドンドンと別の車が入るので、とにかく緑のホロトラを見失わないように運転する。
見知らぬ都内を運転するのは本当に大変だった。


ところが、困難はこれだけに終わらなかった。


(すみません。相変わらず終わりません。・・・話が長くて。)
(要は大変な思いで運転したってコトだけなんですが。。。はははっ。)


次回で終わる予定です・・・汗。


つづく
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by mismis10 | 2007-03-21 01:05 | 引越し物語(2007・3)

引越し物語・前編


お引越し。
第1弾、終わって参りました。
いやぁ~、はっきり言って疲れました。

出発前日の飲み会で、今回の運転手であるコロちゃん、二日酔い気味。

道路交通法では
【0・15mg】以上は『酒気帯び運転』となる。

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こんなモンを使って、
ハァ~と息を吹きかけると、そのアルコールの度数が分る。

出発の朝、午前3時に起きて、ハァ~と計ってみたら【0・45mg】

・・・・・・・ぜんぜん、駄目じゃん・・・。
これじゃ逮捕されちゃうよ。

結局、そういう訳で、
私が東北自動車道を運転してのスタートの朝となった。

まだ夜明け前の暗い中、
運転している私の横で、アレコレとモノ申すコロちゃん。
まだ酔いが残ってるのか、やたらと指導がうるさい。

まぁ気を付けて運転しなさいという訳なのだろうが、
どうもそう聞こえないのは、年輪を重ねた分、私が生意気になってるからだろうか。(笑)

もし自分が男だったら、
助手席に座った妻が、こうも、わーわー言う奥さんだったら、・・・絶対やだなぁ。

ややムカつきながら、ハンドルを握る。

まだ寝て居てくれたほうがありがたいのだが、
そうせずに、ずっと、あ~だこ~だと言い続ける。

120キロぐらい出して運転してる妻の隣に座ってるのだから、もうちょっと配慮が欲しいトコだ。

頭に来た私が「もうちょっと優しく言えないの」と言うと、
「昔は、アンタもハイハイって素直だったのに。」「可愛くねぇ~なぁ」と言われる。

「可愛く無くて結構。」「この歳で可愛いかったら怖いです」と応じる。

中年の夫婦って、そんなもんさ。
お互い歳を取ると言いたい放題なわけだ。(笑)

真っ暗な高速道路は、トラックが多かった。
明らかに引越し業者の看板のトラックもバンバン走っていた。
そういう時期なんだなぁ。

途中、サービスエリアで休憩を取りながら、その度ハァ~とするが、
まだ基準値以下にはどうも微妙に遠い。
お茶とか、ガンガン飲んでみるが、一気にはどうも変わらないようだった。

そのまま私が運転を続けて、どんどん南下しながら進む。

首都高を走るまでに数値が変わらなかったら、
私がこのまま八王子まで運転だと、怖い事を言うコロちゃん。

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栃木県を過ぎ、埼玉県に入り、蓮田SA(サービスエリア)で休憩して、
また何回めかに、ハァ~としたら、今度は数字が【0】になった。

そこで運転を交代。

川口ジャンクションで首都高に入る。

ここからが問題。
うちの車はカーナビが無い。
新車を買う時に、付けようと提案したのだが駄目だった。

田舎を走る分には、そんなの要らないというコロちゃんの主義で、
何度も付けようという私の意に反して、それは却下されている。

「大体、昔は、み~んな、地図で、あちこち行ったんだ」
「日本語が読めれば、標識に書いてあるし」

と、なぜか大威張りのコロちゃん。

軟な旦那と違って、
絶対こうだと決めたら、なかなか首をタテにしないから面倒だ。

そういう性格だと知ってるから、
「ナビ、自分で勝手に付けちゃえば」と提案してくれた友人の言葉にも
「うん」と返事が出来ない私。

仕方ないよなぁ。
この人と付き合うと、こういう状況がもれなく付いて来る仕組みなのだ。
無理を通すと、絶対にヘソを曲げるので、大人の私が折れるしか無い。(笑)

まぁそんな感じで、やれやれと思いながら、首都高に入る。

前回車で来た時は確か、4年前。
しかも次男が運転するバイクも一緒の上京だった。
ネット友達に空いてるルートを聞きながら来たのが懐かしい。
今回は、その時は開通してなかったルートを通るらしい。

しかし、そういう訳で、来る前から、
あぁ~、またあの悪夢の「人間ナビ」をするのだろうかと、
やや憂鬱な気分になっていたのは事実だ。

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今回は、コロちゃん、
地図をみたら、間違わないようにメモや蛍光ペンの文字が書いてある。

「五色桜大橋」なんて中々素敵なネーミングの橋を通って、どんどん走る。

渋滞になると、横の車にカーナビが付いてのが見えて、すごく羨ましい。
便利なのになぁ・・・と恨めしく思えて仕方ない。
しかも歳若いカップルが、いちゃつきながら高級車に乗ってるもんだから
更に、我が身が悲しい・・・。(笑)

運転しながらコロちゃんが
「次は、なんたらジャンクションって書いてある??」とか聞く。

ほら、やはり私がナビな訳だ。

カーナビ声で答えてあげる。
(しかし、やってる自分が、む、空しい・・・泣。)

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そんなこんなで、都内のビル界を眺めては首都高を走る。

「高いビルが建ってるの見るの好きだ」と言えば「田舎モン」と言われながら
渋滞の中を車は少しずつ進む。

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「今、ゴジラに襲撃されたら、私ら終わりだね。このビルの下敷きで」
と、ショウモ無い会話を続けながら渋滞のノロノロ運転が続く。
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なんとかそこを抜けると、皇居のお堀が見えた。
さらに進むと代々木体育館の建物が見え、新宿の高層ビルが見える。


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田舎モンは喜びながらその風景を見てると、いよいよ中央自動車道へと入る。

道路もさっきまでの渋滞はなんのその。
いきなり皆、スピードを出して飛ばす飛ばす・・・。うらみでも晴らすかのように速度を上げる。

ここまで来ると、もう安心。
あとはひたすら走るのみ。

次男に、朝3時半ごろ、家を出る時に、
「コレから出ます」のメールをしたら、意外にも、即、返信が来た。
その次男から、またメールが来た「今どの辺?」

どうも、寝てないらしい。
何やってるんだか・・・。

そうして、ユーミンの中央フリーウェーのフレ-ズも思い出しながら
府中の東京競馬場を横目に、車はどんどん進む。

やっと見えて来た八王子インターから降りた。
そこから市街地に入るまでが、また渋滞だった。

それでも、なんとか朝10時前頃に、アパートへ到着。

次男が「寝て無い」訳が判った。



全然、部屋が片付いて無いじゃないかぁ・・・。(大泣)


(2007・3・17)

づづく
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by mismis10 | 2007-03-19 20:36 | 引越し物語(2007・3)

現在準備中


少しご無沙汰です。

私はバリバリに元気にしています。
時間があればネットも繋いでいますが、
足跡を残さずに読み逃げ専門家になっている現状です。(笑)

なんだか分らん用事が次々と出来て、その合間に引越しの準備をしています。

もう電化製品や台所用品とかは大体そろいました。

すでに次の引越しにも備えて、
ヤカンや鍋は、IH対応とかの品を買ったりして
なかなか神経が細やかだわ・・・私って。(笑)

食器は、すでにあるので十分だと言われてるのに、余計なお世話で揃えたりしています。

箸は、何膳欲しいのかとか、
スプーンはどんな大きさや形が使い勝手が良いのか
そんなこんなを考えながら、つい買い物したりして追加して。

フライパンの「フタ」は、要らないように思えて、実は大事なアイテムだと考えてる私。
ちゃんと忘れずに購入済みです。
あのフタが無いと、半熟の目玉焼きは出来ないからとかの理由を付けて。(笑)

まぁ、次男がちゃんと料理をするのかどうかは、極めて怪しいのですが。

こんな台所用品の他にも、
日常使う生活雑貨も、勝手に色々と取り揃えています。(お前は雑貨屋か・・・。)

中でも、例えば、バスタオルの選び方は意外と重要だと思う。

田舎暮らしでは無いので、庭とかにバンバン干せるわけで無いので、
乾きやすいモノをと思うが、男子ゆえ、あまり小さいサイズだと全身を拭くのが大変。

理想はホテルのバスタオルだが、分厚いと乾き難い。

いただきモノなどによくある「刺繍の花やロゴ付きバスタオル」は駄目だと思う。
一番ふき取る部分にある刺繍の部分が、肌に、ちくちくと刺さる感じがするから。

アレって何でバスタオルに付いてるのか、昔からとても疑問なのだが・・・。
長男の分も購入して、ちゃんと一回洗って置いたし。

引越し後の掃除に使う洗剤やぞうきんも入れたし。
ついでに、トイレットペーパーもティシュBOXも買い置きを入れた。

とまぁ、息子らには、そんなこんなコトは伝わるのかどうかは、はなはだ不明。
しかし、なかなか優しい母の気配りだと、
勝手に自分自身を高く評価したりして、自己満足しつつ居る私。

今週末から、週末ごとに引越しに突入の予定。
レンタカーのトラックと自家用車で、家内工業的なお引越し。

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今、自宅では、車に積む荷物はリビングにどんどん集合中。
あっ・・・と思った時に、即、集合場所に持って行くようにしてます。


そうしないと、どうも忘れるから。。。。笑。
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by mismis10 | 2007-03-14 00:04 | 日常あれこれ

部屋探し


3月は移動の時期。
我が家もそれぞれの春が来て、諸事情が変わって来た。

兄弟が二人で住んで居た場所から、
それぞれ別れて住む事になったので、それぞれのアパート探しへとなった。

まぁ、これは以前から分って居た事だったので、
息子らは「探していた」と言ってるが・・・。

本当に探していたのか、なかなか決まらないでいた。

住居は、都会に住む地方出身者にとっては、
自宅から通える環境に無い分、かなりハンデがある。

東京都内のアパートの家賃は、めちゃ高い。
都心に近くになるにつれて、すごい家賃になる。

そう言っては何だが、八王子市はまだ良かった。
惑星のように、都心から離れてるから・・・。
(八王子市民のみなさん、ごめんなさい。いい街です。ホントです。)

しかし、物件の探し方が、昔と違うのには驚いた。

私のイメージでは、
街の不動産屋さんのガラス窓に貼ってある紙をじぃ~と見て探す感じがしていた。(古っ。)

この頃では、ネットで条件を入れて検索して、
そこに目星を付けて不動産会社に連絡するのが多いらしい。

私も、おかげさまで、これを覚えて、連日この方法を試してみた。
ネットだから、何処からでもOKなわけだし。

当然ながら息子もそれで、検索しながら部屋探し。

時折、お互い電話片手に、
「このココはどう?」「こんなのがあるよ」
とやり取りして、探し方も段々と慣れて来た。

しかし、私の探し出した物件は、どうもピントがずれてるらしく
「ココとココがこれじゃ駄目だよ・・・」と私より手馴れてる息子は、その盲点を突く。

ほうぅ~そうかぁ~・・・・と感心する。

なかなか慣れてるのね・・・と、
部屋を探すという本題からずれて、そういう所に目の行く息子に多少驚く。

しかし、なかなか決まらないのにはワケもあった。

息子の条件が、かなり高いので、
なかなか思い通りの物件が見つからないのだった。

○新築。または築6ヶ月以内の物件。
○駅から5分以内。
○バス・トイレは別。
○スーパー、ドラックストア、コンビニが近くにある。

そんな条件で、安いトコなんぞ、皆無に等しい。

段々と条件を諦め気味にして、条件を削除していっても、
「とにかく駅から近くで」と言う次男。

そうなると、新卒の薄給の約半分が飛んで行く。
住居手当等を入れても、凄い値段になる。

でも、仕事から帰って、
駅からまたダラダラと歩くのは嫌だと言い張る息子。

まぁ確かに、そう言われると、
可愛そうな気になる母だが、父はまた別の考えらしい。

若いんだから歩け・・・とそうした高い物件に難色を示す。
どこで仕入れて来た情報なのか、
「貧乏生活さん」のような部屋の話を出すから、息子が呆れる。
自分にだって夢があると・・・。(確かに。)

険悪なムードのままの電話のやり取りがつづいたりもした。
そんなこんなで、すったもんだしたまま延々とアパート探しは続いた。

急がないと、3月になってしまうと思い、2月末に新築物件に決めた。

ところが、今度は、その物件を仲介をしている不動産屋から、
連帯保証人の手続きの前に、
敷金・礼金・管理費諸々と家賃の約6ヶ月分を先に支払うようにとの連絡が来たと言う。

何の契約もして無いのに、お金を先に払うのかいな・・・。
・・・・・怪しい。

次男は、その辺りが初めての経験。
「バカにされてるんじゃないの??」なんていう電話での会話が親子間で飛び交う。

最初の契約時に、かなりの金額を親に出してもらうのが悪いと思ったのか、
はたまた、これから高い家賃を払い続ける自信が無くなったのか、
結局、見に行って気に入ったその新築の物件は、契約前に止めた。


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※画像が無いと寂しいので挿絵風に。【北欧の古い木の皿とバターナイフ】
(余談だが、こんな素敵なのは、息子には持たせないつもり・・・。笑)

そうして、すでに3月に入ったのに、また最初の振り出しに戻った。
同じ繰り返しが、何日もづつく。

ネットで見つけた物件は、直接不動産会社に行くのが手っ取り早いらしい。
メールの返事を待ってると、とても遅いし、
電話で聞いてるよりも、その場に直接足を運ぶのが最優先されると言う。
しかし実際に行ってみると、タッチの差で、すでに契約されてた時もあったようだ。

今二人で住んでるアパートも、
長男本人が、自分で探して決めたのだが、こんなに難航しなかったような気がする。

花粉症がひどい次男は、
そうしたアパートの件で電話をよこす時に、すごい鼻声でよこすので
見つからないで泣いてるのかと思って一瞬焦った。
これも母心ってヤツだろうか。(笑)

何日かは、その繰り返しで、まぁなんとか、やっと見つかった。やれやれ・・・。
契約は、まだこれからだが。


さらに、今回、長男も別のワンルームへと引越しするのだが、
この人は、ずいぶん前に、即、決まった。

いたって『簡単な人』なのだった。

なんと、今のアパートのすぐ近く。
約30秒の場所へ移動するのだそうだ。
信じられない人だ。
電話で聞いてるうちから、思わず大笑いしちゃった私。

環境が変わらないから良いのだそうだ。
(ふ~ん、まぁそういうのもアリかも・・・ね。)
歩いて荷物を運ぶそうだから、手伝いは要らないそうだ。

そんなこんな山あり谷ありの我が家のお引越し事情。
ちゃんと落ち着くまでは、当分の間、なんだかバタバタしそうな気配が満載だ。

全部自分でヤると粋がっていた次男も、
さすがに、卒業やら研修やらがどんどん押し迫って来たら
あれこれとSOSを出して来ている。

しばらくの間、こういう訳でネットしてる場合じゃないかもしれない。

まぁ私が引越しするのでは無いけど、
一応、家族の一大事なので応援しないと。

つーかー、けっこう楽しみにしてたりして。。。。(笑)
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by mismis10 | 2007-03-08 23:04 | 日常あれこれ

優しい言葉


幼い頃から、基本的には、健康体の私だったが、
よく、いきなり熱を出す事があったそうだ。

大人になっても、それは時々よくある事で、この週末も38度を越す熱が出た。

夕飯の買い物をしてる間も、帰って来てから支度をしようとしても
なんだか疲れて、どうもやる気がしない。

疲れてるのかなぁ~と、ごろんと横になったらもう大変。
起き上がれないのだ。

「連日、春のような気温で温かい」とTVで言っていたが、
そう言えば私は朝から寒かった。

ファンヒーターをガンガンさせても悪寒が走る。
こりゃ、ヤバいと思ったら、高熱だった。

薬を飲んで、急いで布団に入り、湯たんぽを3個も抱いて、
凄い汗をかくと、あくる朝には、ウソのように熱が下がった。

一晩、水だけでいたら、2キロは体重が減った。
普段は、なんなく2キロも食べてるのかと思うと、ちょっと自分が怖かった。(笑)

次の日は、全然、熱が出なかった。

お腹を、多少壊してる感じだけれど、
それも何も食べてないから、ひどくはならないで終わった。

前回の事が効いたのか、コロちゃんが、今回はずいぶんと大人になって介抱してくれた。


寝てて、水が飲みたいというと、
(2l入りのペットボトル入りのままの)水を持って来ながら
「ほら、ちゃんとめんどう見てるからね」と言う。
さらに「俺って優しいよなぁ~」と必ず付け加える。

まず、『アロエヨーグルト』
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これは2個買って来てくれた。
「ほら、ちゃんとめんどう見てるから2個買ってきたんだよなぁ」という。
そして「俺って、ホント優しい男だよなぁ~」と加えるのを忘れない。

つぎに、『おかゆ』
せっせと作ってくれたと言いたいが、
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これも2個買って来てくれた。

これまた同じ事を言う。

何かやってもらうたびに、この言葉が出るのだった。

夜は、なんと『鍋』を用意してくれた。
ダシが妙に甘いので聞いたら、『みりん』を思いっきり沢山いれてくれたそうだ。

(み、みりんですかい・・・。)
(鍋に入れるのかいな、・・・みりんって。そりゃ「煮物」じゃないのかな。フツーは。)

お手数かけました・・・・・と言うしかない。とほほっ・・・。

なんだか、凄い看病をしていただいた気がした。


おかげさまで、無事回復。
今度、コロちゃんが具合が悪かったら、お返しをしますんで・・・。

何度も何度も、優しい言葉を添えて。。。笑。
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by mismis10 | 2007-03-05 23:40 | 日常あれこれ

ベルばら世代


ここのところ、忙しい忙しいと言いつつも、
ちゃかりと、映画『マリーアントワネット』を見て来た。

もう公開終了になると聞いて、夜に、慌てて見に行った。
この映画は、ぜひとも映画館で見たかったから。

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映画『ゴット・ファーザー』
のフランシス・フォード・コッポラ監督の娘である、ソフィア・コッポラ監督の作品。

カンヌ映画祭とかでは、映画の出来に賛否両論だったらしいが、
そもそも歴史のお勉強では無い映画だから、
私としては、単に若い一人の女性を描いた作品だと思って見た。

フランス政府の全面協力で、ヴェルサイユ宮殿を使いまくりの映画。
40億円をかけたという豪華絢爛でゴージャスな映像は、十分見ごたえがあった。

衣装のドレスや靴や帽子は、
私の見る限りそのほとんどがフランス菓子のマカロン色にすべて染まっていた。
もちろん、ケーキやお菓子も、一流の老舗の職人さんの作だそうだ。

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どれを見ても、そういう甘い色の品々が、どんどん出て来る、出て来る。
まるで綿菓子のような色の凄い数のドレスや靴が、
これでもか、これでもかと出て来る。

時々遊び心を入れたらしい映像があり、その宮廷の靴の中に、
その時代には有り得ない〝スニーカー〟が何気なく登場してたのを目撃した。

このスィート色のフワフワしたドレスや靴を身につけ、
贅沢の限りを尽くしていたマリー・アントワネットは、
果たして本当に幸せだったのだろうか。

若干14歳の若さで国のために嫁いだ彼女が、
37歳で処刑される寸前までの生活を描いた映画だったが、
女性監督らしい感性で、素のマリーアントワネットを映像化していたように思う。

ティーンエィジャーから大人の女性へ、さらに子供を持つ母親としての王妃を描いてる。

甘いドレスも母親になると、ナチュラルな洋服に変わり、
小さな農園を作って、今でいうガーデニングをしていた様子など、
教科書にはけっして出て来ないシーンもある。

オーストリアのお姫さまとして育ったマリーアントワネットだったが、
以前、歴史の研究者が言ってた話によると、
彼女は、物心ついた頃から、
何処の国へ政略結婚して行く事になろうとも大丈夫なようにと、
母親である王妃から厳しい教育を受けていたらしい。

なかなか子供が出来ない娘に祖国の王妃である母親が何度も手紙をよこす。

「生む○械」発言がうやむやになった日本だけど、
この時代、ここの国でも、映画の中では明らかに、そのままの話だ。

子供が出来ないと、同盟が上手く行かなくなるのを懸念してるのだった。
当時、オーストリアはそうして行かないと生き残れない国だったのだろう。

幼い時の母親からの厳しい教えがあったからこそ、
まったく風土の違うフランスで王妃としてやっていけたのかもしれない。

常人ではとても考えられない事が多いフランス王室のしきたりが、映画にも次々と出て来る。

プライバシーのまったく無い生活の中での宮廷生活。
着替えするにも、自分で下着すら自らの手に取ってはいけない生活。

極め付けは、
フランスの皇室の人間が男女の区別も無く見ている中での出産だろう。
フツーの人間だったら耐えられない。

「ベルサイユのばら」世代の私としては、
宮廷生活は、夢の世界のお話だとばかり思っていたので、
この事実を知った時には、卒倒するくらい驚いた。
映画でもそういうシーンがあったので、やはりそうなんだと再認識して来た。

歴史的な背景にはほとんど触れていないが、
そのあくまで夢のような映像には、
国を背負った一人の少女の生き様ともとれる映画だったようにも思えた。
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フランス革命で暴騰化した民衆から逃避しないで、
最後まで夫・子供と寄り添って処刑台へと向かう馬車の彼女と、
フランスの地へ嫁いで来た時に、期待に夢みて馬車に乗る彼女の姿が重なった。

いろんな事を言われた彼女だが、根は意外にも古風な女性だったのかもしれない。

ヴェルサイユ宮殿の中で、閉ざされた生活の中で、何も知らされずに、
危険が近づいていることさえも知らずに居たのだと思う。

確かにあの宮殿の中にいると、
世間からは隔離され、そこだけが別世界だったのだと思う。

最後まで全体的に夢色トーンの映画で、ポップな音楽が流れる中で、
処刑シーンや暴騰シーンなどの出て来ない映像は、
ある意味、かえってその置かれた悲しい立場を想像出来た。

まぁ不倫になってしまうけど、フェルゼン伯爵との恋もあって、
一応、大人の恋もしたという設定か。

37歳か・・・。
それにしても若かったのね。マリー・アントワネット。

すでに、没後250年も経っても、まだまだ語り続けられる彼女は、
おそらくいろんな意味で、魅力的な女性だったのだろうな。




※マリー・アントワネット公式HP

※画像はお借りしました。
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by mismis10 | 2007-03-01 23:56 | 映画・演劇・美術鑑賞・関係