カテゴリ:2012・台湾( 18 )

台湾・18・台湾最後の夜(最終回)

故宮博物館の見学の後、連れていかれたのがお茶屋さん。
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私的には、台湾の茶芸館と呼ばれるカフェみたいな場所を勝手に想像していたのだが、そこは違っていた。完全なるお茶を扱う店らしい。たぶん観光客相手のお店だろう。

地下にある店の店内に入ると、さっそくお茶をいただく。
流れるような説明を受けて、淹れてくれたお茶を、出された小さなお菓子を食べて飲む。
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説明は、お茶の先生だという女性がしはじめた。
この女性、誰かに似ていると思ったら、故本田美奈子だった。

その台湾の本田美奈子さんったら流暢に日本語を使う。
高校生の娘がいると話していたが、とても子持ちには見えない。
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スレンダーな彼女が言うには、何十年も台湾のお茶を飲んでるから太らないと言う。
2種類のお茶を試飲させてくれた。

ひと通り説明を受けて店内を見ながら、最初から買って来ようとしていた「阿里山茶烏龍茶」を買う。これが、べら棒に高い。いや言い方が悪い。とても高価だった。

更に、友人から聞いた「金萱茶」を欲しいと言ったら、出して来たのが「高山金萱茶」
それを薦められた。
ただの「金萱茶」と「高山金萱茶」の違いなんぞ分からないので、言われたままに購入。
帰国後、それらは味に違いがある事が分かった。

事前に台湾のお茶に詳しい人の話を友人伝に聞いて行ったのだが、どうもこのお茶屋さんはある一定の品ばかりを薦める。やはり日本の観光客相手のお店なのかも。

更に、最後まで、三十八年モノのお茶を薦める本田美奈子さん。

プーアール茶の発酵の独特のカビのような匂いが、どうして駄目な私ら夫婦。勘弁して。しかも、こちらも数万円と高級だし。頑張って拒否して来た。(笑)でも悪いけど、さすがに誰も買ってはいなかった。

更に、観光客相手のお土産もの屋さんと免税店に連れて行かれる。

夕食は、台湾市内のレストランだった。(画像は、もう撮らなくなっていたので無い。笑。)
もう、食事は何も期待しない癖がついていた夜だったので、従順にテーブルに着いたが、結局ここが今回の旅では一番おいしかった。
例のビールも老酒も頼んで、最後はおいしい料理を食べた。

夜は、リピーターの三人組だけ違うホテルだった。事前に頼んだらしい。
圓山大飯店という、台湾では有名なホテル。
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(これはお借りした画像)

「建築様式が素晴らしいので、皆さん、ロビーの見学に寄りましょう」と、添乗員さんが気を利かせて、私達泊まらない客まで中へと誘う。では、後学のためにと、ロビーを見せてもらう。
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あぁ~、確かにコレは凄い。
今度、来る時はココだなと思いながら見て来た。その時が来るかどうかは微妙だが。(笑)
ロビーでは生演奏の音楽が流れていた。

高台にあるその圓山大飯店の位置からは、台北の夜景がよく見えた。
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本当は、この後、台北101と市林夜市へのツアーがあったが、最低参加人数に達して無くて(私ら夫婦だけの希望)で没になる。
高い所大好きの私達には、なんとも消化不良の夜だった。
東京スカイツリーに登る前に、この台湾の高い塔に上りたかったなぁ。

しかも、さっき見た圓山大飯店からは雲泥の差のホテルへとそのまま案内される。
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これはお借りした画像。ごく一般的なホテル。
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入り口だけだって、こんなに違う。ホテルマンなんてもちろん居ない。
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まっ、人生そんなもんさ。(笑)

しかし、何故か、ホテルのキーだけが、超重くて立派。
どうして??すごい笑えた。
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次の日は、かなり早朝に出発。

ホテルのロビーで集合している間に、荷物が増えた人達が重量オーバーを気にして、計量をしてもらっていた。その姿に他のツアー客も、それぞれトランクの重量を計り出して大騒ぎ。

時間になりバスに乗り込むと、空港までまたバスに揺られる。
今回お世話になった航空会社のビルディングも道路沿いに見えた。
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道々、景色を眺めていたら、各家々の屋根やアパートの屋根に、シルバーの金属で出来たタンクを確認。このタンクは、台湾を一周する間、何処の地方に行っても屋根の上に見られた。
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添乗員さんによると、タンクは、やはり水やお湯の貯蔵用のタンクらしい。
台北など大都市の高級マンションなどには無いらしいが、それ以外には台湾では一般的な施設らしい。

なんだかんだ思いながら、旅も終わりになって来た。

空港で搭乗手続きを終え、ゲートをくぐろうとした時に振り返ると、1週間近く一緒に行動していた添乗員の彼女が少し涙目になっていた。良い人だった。

そうやって台湾を後にしてまた日本へ戻って来た。
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成田に着くと今度は日本のバスに乗り常磐道を走り、県内に到着後は、それぞれの場所でツアー仲間と別れながら帰って来た。

~終わり~


※行ったのは5月の末。
かれこれかなり前のお話が今日で終了です。
長い事、お付き合いありがとうございました。
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by mismis10 | 2012-07-03 16:34 | 2012・台湾

台湾・17・故宮博物館

九份から約40キロ離れた台北市内に入ると、今度は故宮博物館へと向かう。
バスが乗り降りする場所だったので、その全体像が見れないまま館内へと入る。
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ホールで案内のイヤーフォンを渡されて歩き出す。
ここも中国本土からの観光客が大勢いて、その人達のマナーが非常に悪かった。
並んでいても、平然と横はいりして来る。
至る所で写真を撮って館内の職員に叱られても、職員が見え無いその先で、再びまた写真を撮ったりする。
大声で話したりして団体さんは特に騒がしい。
とにかく、あっちこっちで、やりたい放題だった。
そういう人が多いのか博物館の職員は、棒の付いたパネルを手に持ち、遠くからもそれを上げて注意ばかりしていた。

ツアー中の間、私達の台湾の添乗員の彼女も中国本土の人達をあまり良く言わない雰囲気だったが、それが良く分った。

初めての故宮博物館。

至宝と呼ばれている品々も見て来た。
もちろん写真はNGですから、参考までにお借りした画像で、ここでちょっとだけ再現。

「翠玉白菜」
実物は全長約19センチ。キリギリスとイナゴも翡翠の中に彫られて、白菜のどこの部分に乗っかっているかを、この目で確認して来た。信じられないくらいの精巧さだった。
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「西周晩期 散氏盤」
3大青銅のひとつ。「鼎」(かなえ)と呼ばれている手洗いの器。実際には手は洗わない。内側には銘文がびっしりと彫られていた。堀モノの文字が多いほど貴重だとの説明。
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「肉形石」
豚の角煮そのものっぽい天然の石。脂身や赤身の部分に加えて皮の毛穴まで確認できるのが凄くリアル。とても石だとは思えなかった。
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ミュージアムグッツを扱う館内のお店を見たかったが、それも時間無しで駄目だった。残念。

何度も台湾を訪れているリピーターの三人組みは、私達が添乗員さん達と鑑賞している間に、3階だか4階の飲茶の食べれるお店で、お茶して来たのだそうだ。
そうか、そういう手もあったのかと、後で聞いて関心した。

僅かな時間では、この館内の至宝を見るのは無理。
いつかまた、この博物館だけでも、じっくり見てみたいと思った。


そこから、バスはまた移動。


※参考HP

【国立故宮博物院】

【台北ナビ】
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by mismis10 | 2012-07-01 23:59 | 2012・台湾

台湾・16・九份(きゅうふん)

大理石工場を後にして、連れて行かれたのは、花蓮の駅。
この駅から、今度は七緒という駅へ。
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乗った列車は、台湾を代表する特急列車「自強号」
台湾の都市輸送の担い手だそうだ。停車駅も少ないとか。
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駅は「車站」と書くらしい。
途中の駅のホームでの表示でそれも確認した。
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途中、駅弁が配られた。
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が、開けてビックリ。日本のお弁当をイメージしていたらかなりのギャップ。
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思えば、日本のお弁当って綺麗かも。

時折激しく降る雨を眺めながら、約2時間かけて海沿いを走る列車の旅。
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そうやって七堵へ到着。

そこから、また約16キロほど離れた「九份」(にんべんに、分)(きゅうふん)へとバスに乗って向かう。約1時間くらいバスは走ったろうか、両側に家が迫っている狭い道を進む。
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例によって、台湾独自の家のミニチュアみたいなお墓が山の斜面の高い場所にたくさんある。生きてる人間はその下の方の斜面に家を作って住んでいる。亡くなった人を敬うから、そうなっているとの説明があった。
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九份は、日本で歌手として成功している一青 窈(ひととよう)の故郷として有名だ。
彼女の祖父にあたる人が九份の金鉱経営で成功し、台湾の5大財閥に数えられた顔一族だそうだ。長男である父親は早くに他界して、日本人の母親に育てられたのが彼女だそうだ。

添乗員さんが、ココで一番おいしいという饅頭をご馳走してくれた。
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雨が多く、快晴の日はほとんど無いのだそうだ。私達も小雨が降る中を散策する。
茶芸館も露天も雑貨やもたくさん並んでいたが、どこに寄る事も無くただ添乗員さんの後を付いて歩く。
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例の「千と千尋の神隠し」の舞台になった店も観光客で1時間待ちとかで、人が並んでいた。
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途中の坂道の階段では、まだ少年のような身体の細い男性が、雨の中、レンガを手で運んでいた。雨を避けて、家の軒下で丸くなって寝ている犬達もいた。
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約小1時間くらい散策してまたバスに帰って来た。
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道幅が狭い坂道に、沢山の観光バスが連なって、更にタクシーやバイクが通って道路は渋滞していた。バスに戻ると、今度は台北へ。
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by mismis10 | 2012-06-30 22:19 | 2012・台湾

台湾・15・太魯閣(タロコ)峡谷

花蓮のホテルを早朝に出発。
またバスに乗って太魯閣(タロコ)峡谷観光へと向かう。

途中、花蓮の街の歩道や公園のテーブルは全部が大理石。
有り余るほどの石が採掘されるのか、なんでもかんでも大理石だった。

しかし、歩道が大理石って、転んだらさぞや痛いだろうなーと、雨で濡れた道を眺める。
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太魯閣峡谷へと向かう曲がりくねってた道路を、乗っている大型バスがどんどん登って行く。バスの窓から下を見ると数十メートル下に、濁流が見える。
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道路脇には、大きな落石がゴロゴロしていて、ちょっと怖い。
日本で大きなバス事故があった後だったので、このバスで回るツアーは大丈夫なのかと思ったりした。だから路肩ギリギリに走るバスの乗り心地は冷や冷やもんだった。

しかし運転手さんは慣れているのか平気で運転していく。
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そうやって山道を進む事しばらく経って峡谷の入り口にバスが止まった。

何やら添乗員さんが、大きな袋に入った荷物をバスに持って来た。
中身はヘルメットだった。
ヘルメットを各自渡されて装着するように言われる。
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そして、少し行った所でバスから降りて、燕子口(イェンツーコウ)と呼ばれる場所を歩く。
ここから見下ろす渓谷が一番眺めのいい所だとの説明。
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台湾も数年前に大きな地震があり、その時から、この峡谷の川の水が濁ったままなのだそうだ。
本当は、澄み切った青い色だと言われたが、流れる水は灰色に濁っていた。
石灰石の成分が多いので、魚は住めないのだそうだ。
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しばらく、周りの景色や、川の流れを眺めて歩く。

「インディアンの横顔」とかいう石が見れる場所に案内される。
確かに、川の水面の岩がインディアンの顔に見える。
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そこから少し歩くと、誰かが立っていた。
太魯閣(タロコ)族のおばあさんだった。
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観光客相手に絵葉書を売っているのだという。
添乗員さんの知り合いらしく「この写真の人が、この方のおばあさんです。」と彼女と写真を相互に見せて説明してくれた。おばあさんの写真は、顔の口の周辺に黒い入れ墨みたいな装飾があったが、絵葉書を売っていた人はそうした感じでは無かった。

ピンクの長靴を見て、さっきバスを追い越して行ったバイクのおばあさんだと気がついた。
ここでも、こうして少数民族の人達が生計を立ててるんだと思った。

100元だという絵葉書を買って、周りを見ながらバスの場所まで戻って来た。

バスはまた道路ギリギリの所を通り、原住民の人達が実際に使っていたという岩を手で削った山道や吊り橋を見ながら進む。

遠くに見える道は、人がやっと一人くらい通れそうな狭い道だった。
あの岩の道をさっきのおばあさん達の太魯閣(タロコ)族の人達は歩いて暮らして来たのかと思うと何とも台湾という島の奥深さを感じた。
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途中の寺院なども眺めて、さらに、今度は市内へと向かう。
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またバスは、くねくねとした狭い道路を運転しながら峡谷を後にした。

市内に戻ると、今度は大理石工場見学とショッピングに案内された。
もう十分大理石は見せていただいたが、これもツアーの定め。決められたお店には行くしかない。

工場の入り口で、ここの場所の位置の説明を受ける。
工場の台湾人の方が、流暢な日本語で工場内を案内してくれた。
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中では、中国本土から来た観光客でごったかえしていた。

その大体が女性で翡翠のアクセサリーなどを物色していた。
一緒に来た男性達は、休憩所で、ポーカーみたいな事をして待っていた。
その中国語の騒がしさは半端無い。

また、彼らを待たせている中国人女性達は、凄い買い方をしているのを沢山見かけた。

特に欲しい物が無い私は、ぶらぶらと二階のコレクション類を見たり、店内にあった日本円にしたら約3千万円程の龍の大理石の飾り物などを見て来た。この龍は9個の頭が彫られていて、一坪くらいの大きさがあった。この大きさの大理石をココまで持って来た事も凄い。
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確かに凄い彫り物だけど、誰が買うのだろう。お金持ちさんか。


そうして今度は駅へと向かう。今度は列車に乗るのだ。
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by mismis10 | 2012-06-29 21:42 | 2012・台湾

台湾・14・アミ族とのツーショット

約4時間かかって花蓮に到着。

ホテルで夕食をとった後、アミ族民族舞踊ショーを見る場所へと再びバスで移動。
この頃、雨がひどくなって来てバスの乗り降りも大変なくらいの大雨。

「阿美文化村」とか言う施設だったが、体育館とサーカスの小屋を足して2で割ったような施設。
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ステージを囲むように椅子が用意されていた。

前の方には、記念撮影出来るような椅子が用意されていて、ツアー客が写真を撮れるようなセットもあった。
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添乗員さんが、一番前の椅子を準備してくれたおかげで、後々大変だった。

台湾には、○○族と呼ばれている種族が公認されているだけで14程の部族があるそうだ。

元々は、そういう現地の人達の住む島だったのが、オランダ植民地の統治時代や日本統治時代、中華民国統治時代と数々の統治時代を経ながらも、現代もなお部族が存在している。彼らの多くは、都会に出て働いてもいるそうだが、故郷を離れず生活している人達も沢山いるという。

戦争時代、日本軍はジャングルで生活する彼らの術にとても助けられたという話を聞いた事がある。南の島で森に詳しい彼らは、何が食べれて何処に飲み水があるかという生きるすべを持っていたのだろう。

また、部族同士の対立もあまり聞いた事が無いそうで、○○族という呼び方も特に差別にはならないのだそうだ。日本で言えば、東北地方の出身だというような、単に出身地の分け方くらいの話なのだそうだ。元々台湾の人って大らかなのかも。

その中のアミ族の踊りを見せてもらった。
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けっこう若い人から、だいぶご年配まで、踊る人の年齢差があった。

踊りが始まる前に、簡単な説明が中国語と日本語でアナウンスされたが、日本語は、まるでデパートのアナウンスのような妙な言い回しだった。
一体誰に聞いたのだろうか。「○○○でございま~ぁ~す」

彼らの竹を使った踊りは見事で、それに続いて一般客も一緒に前に出されて踊ったりした。
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更に、結婚式の踊りの新郎まで一般客から出されて、観客一体化をはかるらしい。
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一番前に座っていた私も、美空ひばりを小さくしたような年配の踊り子さんにつかまり、アミ族の皆さんと踊る羽目に。
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しかも、踊った後はポラロイドカメラに収めた写真を購入。
石のフレームで出来た写真が、即、渡された。

コロちゃん、その出来上がりを見て爆笑。
いや、自分で見ても笑ってしまった。

そこには「小さい美空ひばりと、ロンドンオリンピックに行けなくなったシズちゃん風のツーショット写真」が出来上がっていた。
さすがに、コレはとてもブログにはアップ出来ない。想像してくだされ。

こういう商法を悪く言う人もいるけど、私はそんなに気にならない。400元のお金を支払った。

後で、彼ら、彼女らの事を添乗員さんに聞いたら、昼間は普通の仕事をして夜はこうした観光客相手の仕事をして生計を立てているそうだ。
みんな真剣に生きてるんだ。
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by mismis10 | 2012-06-27 20:11 | 2012・台湾

台湾・13・台東へ

朝から雨。
しかし、予定の日程に添ってバスは走る。

海沿いを走っている時に寄ったドライブインで食べた魚のすり身の入ったスープが思いの外、旨かった。肌寒いようなお天気のせいのあったが、あのスープが今回の旅で一番美味しかったような気がする。しかも薬味入れが、どう見ても釜飯の容器。(笑)
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さらに、果物も購入。
蓮霧(レンム)という果物を初めて食べた。
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これも、とてもおいしかった。
台湾の果物は、ほんどハズレが無かった。

三仙台という、めがね橋の架かった風光明媚な日本でいうと国立公園のような場所へ案内される。
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しかし、雨が時折激しく降り、どんよりとした空で、景色も良く見えない。

それでも休憩した場所で、ココナッツの実のジュースとシャカとよばれる果物のアイスを食べた。
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シャカはお釈迦さまの頭に似てる実がなる事から付いた名前だそうだ。
収穫期では無かったので実際には実は見れなかったが、道路沿いには看板がたくさんあった。
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台東市へ向かうバスからは、大理石で出来た台湾のお墓をよく目撃した。
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お墓ひとつひとつが小さな家みたいな作りになっていて、遠くから見ると日光のワールドスクエアみたいだった。オランダの植民地になっていた関係で、キリスト教の信者が多いらしい。

さらに、お寺見学の際に説明された、幸福を呼ぶ壺の形をしたバルコニーの手すりが、道路沿いの家のほとんどに見られた。

添乗員さんの話によると、この辺りは大理石の産出が多いので、お墓も、その手すりも、大体が大理石で出来ているという。
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更に、バスは、どんどん進み、岩の洞窟が、手で拝んだ形になっているという八仙洞という場所へと案内された。
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しかし、取り立てて素晴らしい洞窟でも何でも無いので、その辺に居た犬や、洞窟周辺に自生している巨大なポトスの葉っぱなどを写真に収めて来た。葉っぱがウチワくらい大きかった。
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風貌がヨーダに似たワンコ発見。↑
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ポトスの葉っぱがとても巨大。岩全体が観葉植物。
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それよりも、手洗い場のタイルや洗面ボールの色や材質のほうが気になる私。
まったくしょうもない観光客だ。(笑)

歩いてバスに戻る途中に「パンの木」という木に実が付いていたのが不思議だった。
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説明では、この実を擦りおろして粉にして焼くとパンみたいな味がするのだそうだ。
へぇ~と感心した。
台湾の果物というか、木の実にはいたる場所で驚かされる。


バスは北回帰線のシンボルタワー前を通った。
本当はココで記念撮影をするはずだったそうだが、皆が、「パスする」といういうので却下。
こういう時だけ、一同一致のやる気無しの観光客だ。
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バスはココから約170キロ離れた花蓮へと4時間かかって行く。
ほんと腰が痛くなるほどバスに乗った。
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by mismis10 | 2012-06-25 21:17 | 2012・台湾

台湾・12・台湾で最も有名な日本人

八田與一
私が今回台湾に旅する事が無かったら、おそらく知らなかったであろう名前。
失礼ながら私は、初めてこの名前を覚えた。

中学校の教科書にも載っている彼をほとんどの台湾の人が知っているという。
特に高齢者にとっては台湾では最も有名な日本人なのだそうだ。

それは彼が残した功績が凄かったからだ。
日本統治時代に、アジア最大のダム・用水路建設をした人物で、人生のほとんどを台湾に住み偉業を成して亡くなった人だ。

台湾の嘉南平野は台南市や嘉義市を含む台湾最大の平野。しかし水の便が非常に悪く、サトウキビすら育たなかった不毛の大地だった。そこに、烏山頭ダムと1万6000キロにおよぶ灌漑用水路の建設をした土木技師が八田與一氏だ。

ダムだけでなく、その後の灌漑用水路が、台湾の農業に残した物は非常に大きい。

また、彼はその業績を成すまでに、作業員のための町を作り、作業員の家族の宿舎や病院、娯楽施設まで作ったのだそうだ。

多くの人達が犠牲になった時も、台湾人と日本人の区別無く慰霊碑に名前を連ねたという。
常に労働者の立場になって仕事をすすめていた人らしい。

雨が降る嘉南平野を見渡すバスの窓からは、青々とした水田が永遠に続くような風景を見たが、その礎を作ったのが日本人だったとは、私が日本人なのに全然知らなかった。
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走るバスの中から、遠くのダムの場所が、添乗員さんから説明された。

ダムの作り方もこの時期の一般的な作り方とは違っていたらしい。
未だに、そのダムは壊れる事も無く水を満たしているという。

何時間もバスに揺られる間に、そのお話をアニメで見せられた。
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アニメはその功績の偉大さよりも少年同士の友情が話の中心だった。
題名の「バッテンライ」は、「八田が来た」という意味だという。
虫プロの作ったアニメだった。
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八田は太平洋戦争の最中の1942年、陸軍に徴用されてフィリピンに向かう途中、乗っていた船がアメリカの潜水艦に撃沈されて、56歳でこの世を去った。

その後、太平洋戦争に敗れた日本人は一人残らず台湾を去らなければならなくなった。
妻の外代樹(とよき)は、夫が心血を注いだ烏山頭ダムの放水口の身を投げて後を追った。
外代樹も與一と同郷の石川県金沢の人だった。享年46歳である。

嘉南の農民たちによって八田與一夫妻の墓がその地に建てられた。

中華民国の蒋介石時代に、日本の残した建築物の破壊がなされた際には、地元の有志によって隠されて、銅像が壊されるのを守ったのだそうだ。

そうやって作業着姿の銅像は、いまも農民たちの手で守られて、命日の5月8日には現地の人々によって追悼式が行われているそうだ。

司馬遼太郎の「台湾紀行」(朝日新聞社)にスケールの大きい明治時代の男の話としても書かれているらしい。今度読んでみようと思った。


こういう明治の男がいたとは。感激だ。

【八田 與一】
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by mismis10 | 2012-06-23 22:13 | 2012・台湾

台湾・11・お買い物・その1


朝、ホテルの朝食を食べて、集合場所へ時間通りか、5分前くらいに着くと、ご年配の多いツアーでは、私らがいつも最後のようだった。
大体、皆さん30分くらい前に来ているらしい。
そんなに早く来てどうするんだと思うのだが、とにかく集合時間のかなり前に、いつの間にか集合していた。

一度は10分前に「皆、ロビーに集合してる」と部屋に電話が来た。
いやはや、皆さん、さすがです。

バスに乗り込み、朝からお土産物やさんへ。
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バスの中のパンフレットにあった北投石のブレスレットをまず買っちゃいましたさ。

バスの中にいる時間が多いものだから、当然、コレは何だと見ていたら、道中、この石のパワーに付いてのビデオを見せられる。(そういうカラクリになっているのだろうね。)

なんでも、この石は天然記念物で、すでに採掘が禁止されているので、今現在製品になってる物しか無い貴重な石だという。マイナスイオン効果があり身体の浄化を行ってくれて、ストレスや肉体疲労を癒し体調を整える石だそうだ。(そりゃ~、とっても良いじゃないかと、素直な私は思った。)

その効能がある石が出る温泉が台北の近くにあって、石川県の【加賀屋】が2010年に日本式旅館を作ったのだそうだ。日本の「おもてなしの心」での接客だそうだ。
しかし、添乗員さんの話によると、やはり本場の日本の旅館とは差があるらしい。
どうも森元総理が、台湾と石川県の太いパイプ役になっていて、石川県の小松空港は、台湾便が多いとか。加賀屋が台湾に旅館を作ったあたりも、何かそのあたりが関係しているのかなと思いながら話を聞いていた。

そんな温泉の効能になる石なら良いだろうという事で、旅の記念に買ってみた。
ちょっと言えないような結構なお値段だった。

日本に帰って来て友人に見せたら、「1000円?」って言われた貫禄も何も無いお品。(笑)
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そんな感じで、私がお店の北投石のショーケース内の品物を見てたら、後ろの翡翠のコーナーで数珠を買っている人が。

コロちゃんは、何やら台湾特産の翡翠の数珠にやられていた。(笑)
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しかしながら、翡翠の方は、まぁ数珠だから、これから先、歳老いて行くなか、多分仏事も多かろうから使うだろう。

でも北投石ってどうなの?
私だけ身体が元気になればそれで良いのかとか自問自答する。

それに効能のひとつのラジウム放射線って、良く考えたら、私ら福島県民は、十分に摂取しているような気がする。

今考えたらシャレにならないお買い物だったかも。(笑)

更に3.11の地震で壊れた自宅の中国茶のセットを買うか買うまいか悩んだが、考えたらアレってやはり使う頻度が少なかった。したがって、使う器具だけを購入。
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日本では「湯冷まし」、台湾では「茶海」(チャーハイ)というらしい。
ただ、桃と蝙蝠の吉兆模様を見つけたので、可愛い茶碗もペアで追加してみた。

行く前にチェックしていた中国茶を淹れる道具は、何処にも見当たらず、結局、帰国してからアマゾンで購入。これが非常に使いやすい。

台湾のお茶は、色が出なくなるまで飲めるのだそうだが、上の部分でよく蒸らして、ボタンを押すと一気に、下の部分にお茶が落ちる仕組み。
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最後の頃に連れて行かれたお茶屋さんでも、この器具は見つけられず、結局、日本で買った。日本って、何でも手に入る。


そこで、他のお土産類も買って、再びバスへ。

今度は約150キロ離れた台東市へと向かう。
約4時間弱かかった。

ほんと、バスにばかり乗ってるツアーだった。
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by mismis10 | 2012-06-22 22:35 | 2012・台湾

台湾・10・高雄(愛河遊覧)

夜市の散策が終わった所で、今度は夜景を見ながら川の遊覧船に乗る事になった。
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しかし、バスで移動している間に、ポツポツと雨が降り出す。
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それでも、チケット売り場にて、遊覧船のチケットを購入する添乗員さん。

順番の船が来るまで待っている間に雨脚は激しくなり、むしろスコールみたいな雨で夜景どころか前も見えない。
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止むまで船乗り場のそばのカフェというか、野外ステージのあるレストランの入り口で雨宿りする事になった。

ステージでは、何やら歌手の男性が演歌っぽい歌を、中国語でこぶしを回しながら歌っていた。
雨宿りの場所が、その歌い手さんから見える。

おそらく彼は、私達が自分のステージを見ようとやって来たのだと勘違いして居る様子。
こちら側を向いて猛アピールしていた。

しかしながら、私ら、ただ見てるだけ。
というか、単なる雨宿りだから。

ごめんよ、台湾の歌手さん。


15分位したら、雨が小ぶりになったので、遊覧船へと乗り込む。
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前に居る船の案内人、台湾語か中国語で両岸の建物を説明してくれているようだが、終始全然解らず。ただ、何か言ってるなぁ~と案内を聞く。
ご丁寧にも、TVまで付いていたが、これまた日本語で無いので、案内人とTVとダブルで何言ってるのか解らずしまい。
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そうして、雨が降る中を遊覧終了。
迎えのバスの場所まで傘をさして歩いて移動。

この日から台湾を発つまで、お天気は悪かった。
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by mismis10 | 2012-06-21 23:55 | 2012・台湾

台湾・9・高雄(六合夜市)

高雄市は、台湾の台北市につぐ大きな都市。

海の街なので海鮮料理がおいしいと聞いて行ったが、今思い出しても、レストランで出された食事で記憶に残るほど旨いものを出されなかった気がする。
それでもビールでお腹を満たした後で、今度は六合夜市へ。
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バスで降ろされた所から、添乗員さんの後に付いて歩く。
その前に、バス内で、「夜市は中国本土からの観光の人達は普通に食べるけど、日本人の観光客にはお勧め出来ない」と言われた。
ていうか、夕食を食べてから来たのだから、お腹は全然空いていない。

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まだ早い時間だったけど、結構な数の人達がいた。


臭豆腐を揚げた独特の「におい」が人ごみから出ている。
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揚げた臭豆腐は、それ自体は匂わ無いらしい。
ただ揚げる時に出る何とも言えない「におい」が周辺に漂うらしい。
それが夜市独特の「におい」。

どんどん歩くと、いろんなお店が。
海の街らしく、海鮮料理を待つ魚介類が並ぶ。

私の宿敵のタコ料理の露天を発見。
(思わず真剣にシャッターをきる。笑)

揚げてある商品の大きなタコの足が、どういう装置なんだか中央のタコの絵の看板の下で、思いっきり、ぶるんぶるんと回っていた。

手前には、巨大なタコの足の揚げものが。
向かって左側のお店の男性の人の腕からしても、このタコの大きさが判るだろう。
(この足を、マジで食べるんですかい。唖然。)
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とにかく、沢山の品が並ぶ。

中には食用カエルの足なんてのも整然と並んでいる。
画像は、とてもアップには出来ないが綺麗に並んでいた。
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カエルの足にビビッていたら、今度は蛇料理のお店の登場。

このあたりでは昔からある老舗蛇料理店だという。
老舗って言葉が、こういう場合使うのかどうか微妙だけど。笑。

けっこう有名な店らしい。
それにしてもリアルな看板だぁ。素晴らしくピカピカしていた。
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こうして、人ごみをどんどん散策する。

「一折」→→「一割引き」だそうだ。
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果物屋さんもあった。
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見た事無い果物が並んでいたりして面白かった。

ツアーの人達とゾロゾロ歩いた。
私ら夫婦も、皆も、見てるだけ~が延々と続く。(笑)


こうして、夜市デビューも終了。
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by mismis10 | 2012-06-20 21:19 | 2012・台湾