カテゴリ:東日本大震災( 113 )

今日で3年

今日で震災から3年。
報道機関ではここ数日、この日の話題が多い。
確かに忘れて欲しくは無いけど、今だけの話題にしてしまうのは勘弁して欲しいな。

あの3年前の2時46分の地震は生涯忘れないし、その後の原子力災害は未だに暗い影を残してる。東京電力福島原子力発電所の事故は終息すら先が見えない。家に帰れない人が26万7千人居る現実も忘れて欲しく無い。

日々の生活は3年経ってもそれほど変わっては無いように思う。でも3年前の事を思うと電気や水やガソリンや灯油が普通に使えるってだけで幸せ。

忘れそうになるけど、うちの庭には除染された汚染土が20箱。埋まったまま。未だに何処へ持って行くか決まっていない。
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家の前の雑木林は伐採されていきなり視界が広がってしまった。でもここの下にも大量の汚染土が埋まってる。そういう環境がフツーになってるのが3年経った現実。
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まだまだ先が長いような気がする。
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by mismis10 | 2014-03-11 11:53 | 東日本大震災

倒されて

暮れも押し迫ってから、お隣の雑木林の伐採が進んでいる。
見上げるような高い木々は、次々と切られていく。
ブルトーザーの音が終日続いていた。

2階のベランダからその様子を見てたら機械の凄い力で生の木々が倒されていく。
そして、次々と根っこが掘られていく。
木々は何も悪く無いのに。
管理出来ない人間に落ち度があるのに。
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同じように隣接している他の家の人も私と同じように、その様子を自分の家のベランダから眺めていた。
近隣の人達から疎まれていた場所だった。
木々が無くなった跡地がかなり広いので驚いた。
何百坪あるのだろうか。
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今日はその音が止ったので、ちょっとだけ見に行ったら、あの例の築山の上に出没した狸さん4体(※)がこの土地の持ち主の資材置き場の小屋の脇に横たわっていた。
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私の家が建つ前に住んでいた人が趣味で庭に置いたのだろうか。
こうして藪の中から出してもらったはいいが、俺達これから一体どうなるんだろっていうような恨めしそうな顔をしていた。近くで見たら、ちょっと怖かった。


※【狸】
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by mismis10 | 2013-12-27 22:36 | 東日本大震災

狸が出現

隣接している森のようになっていた空き地(って前は住んでた人がいた個人の私有地)をここ何週間もかけて除染がされている。

あまりの暑さの中の作業を見かねて飲み物を差し入れした事もあった。とにかく凄い敷地で、除染作業員のおじちゃん達の手作業の草刈の姿には気の毒としか思えないくらい。

作業を見に来た持ち主の姿も発見した事があった。
話をしようとすると逃げてしまう。
手に終えない非常識な人間。お話にならないとは、この事だ。
本当なら、あなたのやる事だろうが。
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何でも4mを越える木の伐採はしないという事でまだまだ大きな木は残っているが、草薮が払われた敷地にはこのお隣に26年住んでて初めて知った森の中の様子。池や井戸やお稲荷さんも見えてビックリ。
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もっと驚いたのが4匹の狸が出没。(って焼き物ですが。)
大きな狸は2mはある。最初は3体かと思ったが壊れた東屋の屋根の影にもう1体。
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最近じゃお隣の町内からも巨大な狸の焼き物を見に来る人もいる。
これじゃ名所になってしまうかも。(笑)

藪のような森だった頃の全体の画像を詳しく撮っておくべきだった。
かろうじて、どんなに凄かったかが判る画像を一枚。
【以前の記事から】
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by mismis10 | 2013-05-24 22:50 | 東日本大震災

震災2年後の話(家建物の除染。敷地内の除染)

3月7日(木) <自宅の除染>

朝から除染作業がはじまった。
家の中に窓を閉め切って待機中。
そうだった、現実はこれだった。
時差ボケしてる場合じゃ無かった。
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この白い容器に高い値の汚泥水のみを入れる。
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※3月4日(月)にイギリスから帰国。
5日(火)母の介護で実家へ。
6日(水)自宅へ戻る。
(※放射能値を計測に来たのが2012年の12月)




3月25日(月) <敷地内の除染>
先日の家の除染に次ぐ第2弾で、庭の除染が先週の土曜日から始まった。

土の表土をはいで、(画像で見える)白いプラスチック容器に入れて、自宅敷地内の庭に埋める。すべて手作業。作業員の人は4名。時々現場監督のような人が来る。

一軒一軒、すべてこの手作業を約28万人強が住む福島市全体をやるという。

うちの順番が来た時点で、すでに3・11から2年経過。全部終わるのは一体いつになるんだろう。ましてや警戒区域が解除された地域なんて、住めと言われた所で除染などはもちろんインフラも整備されて無い。

気が遠くなる時間も手間もかかる。国や東電の起こした罪は深い。

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※掛かった期間4日間。3月23日(土)~27日(水)




3月27日(水) <除染終了>
先週土曜日から続いていた除染が今日で終わった。だいたい3~4日と聞いていたが実際もそうだった。作業してくれてた人達はとても良く働いていた。

庭に生えていた草花は抜かれるか、刈り取られたかの処理。クリスマスローズが咲き始めていたので可愛そうだなと思ったら、作業員の中の一人だけいた女性の方が「花だけは咲かしておきましょう」と言って残してくれた。葉っぱが無いまま健気に咲いている。

放射線の高い値の場所は土を深く掘って新しい土とすべて入れ替え。いい感じにコケが生えていたレンガも全部水で洗浄。線量の基準以下にならない場所は何度もジェット数流で洗い流す。アスファルトやセメントの所はなかなか基準値の0・4マイクロシーベルト以下にはならない。これでは時間がかかるのも無理は無い。

うちは、庭の高い場所が、地面から1mの場所で1・22マイクロシーベルト。これが除染後は0・65マイクロシーベルトになった。

仮置き場が決まらず、各家庭ではがした土を保管する事になったので、うちは庭に埋めてもらった。そのまま向き出しになってビニールシートがかぶせてあるお宅もある。

作業員の人達が手作業で2mぐらい穴を掘ってくれた。人間が立って入れるくらい深い。そこに5列に4段の白い密閉プラスチック容器20個が埋められた。(その画像は撮れなかった)埋めた跡に山土を10cmかぶせた。ここに目印の黄色い杭が打たれ終了。

そこの場所には木とかは植えられない。「あと数年して仮置き場に運ぶ時まで我慢してくださいね」とお決まりの事を言うので「そういう話は以前聞いたけど、多分決まらないでしょ」と私が答えたら「ほんとはねぇ、福島の人達も自分達の事なんだから、仮置き場を決めてくれたら、こんな穴掘らなくてもいいのにねぇー」と秋田なまりの作業員さんが言った。まったくねぇ。自分達の事なのにね。


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一番線量の高い場所にあったバラの粉粧楼は撤去。
土はかなり深く掘って山土と入れ替えた。
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~以上覚え書き。~
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by mismis10 | 2013-04-06 22:01 | 東日本大震災

震災の2年後の話(内部被曝と外部被曝の値)

ここの所、長々と(1ヶ月かけて)旅日記書いてる間にも私も色々あった。旅日記を中断して震災後の今の事を書くか迷ったが、そっちはfacebookにアップ。そちらを見れない人もいるので、福島の人間はこうした日常をおくってるという事を知っていただきたいのと、自分の覚え書きとして重複になるがブログにも同じようにアップしておこうと思う。何かの参考になればと。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~


3月11日(月)

東日本大震災から2年が過ぎた。朝からずっと震災後の特番やニュースが続いている。節目の時だけ騒ぐのもいかがだろうと思う。

そんな今日、ポストに私あてに福島県の県民管理調査事務局から震災当時の行動の問診書類(正式には、「県民健康管理調査」)の結果通知が届いていた。

調査書の書類は震災後7ヶ月を過ぎた頃に手元に来た。手帳などを見ながら記憶をたどって記載して送った。だから回収率も非常に低い。

夫には去年のうちに結果が届いていたので、自分と夫との数字を比べようかと思いながら実家に来てしまいちょっと分からない。当時、二人の行動が全然違っていたので参考にはならないと思うし、私には追加で電話での聞き取りもあった。

が、しかし、それよりなにより3月から7月までの4ヶ月間という間に受けた外部被曝の値であるこの数字の2・3ミリシーベルトはどうだっていうんだろう。通達の文をみてもよく分らない。図からみたら自然放射線の世界平均が2・4だから気にするなって事なんだろうか。

みんなが言ってる“提出したって意味無いし一部の学者の参考資料になるだけだ”という話は本当かもと思ってしまった。この費用だって馬鹿にならないだろうに。
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3月17日(日)

福島市からの案内が来て内部被曝検査をして来た。
案内が来てから予約の電話がなかなか繋がらず閉口した。
やっと繋がったのは数十回かけてから。そして今日の検査へ。

「手を洗ってお待ち下さい」と言われて長椅子で待つ。
その待合室の前に、下着はパンツ1枚になって下さいと書いてある表示を見て、エッと一瞬、軽く驚く。

通された場所ではちゃんとガウン状の羽織るタイプの服があってそれに着替えた。

その後、体の表面の放射線の値をまず調べる。
そして次の部屋へ通された。そこにはプチプチのシートに包装されたホールボディーカウンターという機械が設置してあった。

子供だったら喜びそうな隙間っぽい空間に挟まる形で、足のマークの部分に立って5分もせずに終わった。

結果は後日郵送されるそうだ。

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by mismis10 | 2013-04-05 20:45 | 東日本大震災

除染の話。その3(雪が降っても)

除染の話。その3。
去年の暮れに目の前の空き地に持ち込まれた除染で出た土。私の思っていた量よりもはるかに多い量だった。近くに行くとその量に驚いた。
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その後、隣接している家の住民や町内会からも市に話をしたが、結局のところ規定には違反してないので、土はそのまま埋められる事になった。

しかしながら、この除染された土はこれをここに埋めようとした土地の持ち主が、自分の借家5件分と自分の住んでる家の分を勝手にここに持って来たのだという話を聞いて、なんとも悲しい気分になった。
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福島市は市全世帯の家や敷地を除染すると宣言したが、震災から2年になろうとしているが、除染が終わったのはまだ10%台だそうだ。これじゃ全世帯が終わるのは何年先になるのか分らない。

しかも、中間貯蔵施設や仮置き場が決まらないから、結局、自宅の敷地に埋めたりしているのが現実。それが嫌な人は、こうして自分の持っている土地に置きに来る訳だ。要するに、自分の家から離れた遠くであればいいという考えで。

そういう土地が無いひと(ほとんどの人はそう)は、こんな風に狭い花壇に斜めに貼り付けたように敷地内の土を置いてある人もいる。私でさえ、この様子を見た時は驚いた。こんな扱いをされる理由が無いのに。
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こうした現実は、まるで福島県全体の縮図のようだ。

結局、あの東電の原子力発電所から出たこれほどまでの放射性物資は最終的にはどうしたって、行き場の無いモノなのだ。

今年は12年ぶりの大雪で、その作業が遅れている。
しかし雪であろうと何であろうと重機の音が響く。
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とにかく何としても埋めちゃうつもりなんだろう。
埋めてしまったら、ココが最終地になってしまうのだろうな。嫌だな。


世の中の人達は、皆そういう現実をまったく知らないのだろうな。
その事にも、凄くくやしい思いがある。
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by mismis10 | 2013-01-21 00:45 | 東日本大震災

除染の話。その2(近所で)

年末も押し迫った頃なのに、うちの隣接する空き地に、いきなり部屋で言ったら6畳分ぐらいの除染で出た土が運びこまれた。

同じ土地の持ち主の別の敷地から出た汚染された土を主が持って来たのだ。
隣接している住民には何の説明も無し。

中間貯蔵地なるものがまったく決まらないまま除染をはじめているから、こうした事があちこちで起きている。
東電の原発事故の後始末の悪さがこんな60キロも離れた街でも普通に日常化。
まるで今の原発事故処理の現状の縮図を見せられてるようだ。

目の前の家の幼稚園の子を持つ母親が抗議したら、
「ブルーシート」が精神的に圧迫するのでしょうから「グレーシート」を被せましたと。

そういう事じゃ無いと思う。

こういう事も今の日本の原発事故後の処理の縮図みたいだ。



(藪の中で秘密裏にシートを被せる作業員の人達。)
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by mismis10 | 2012-12-29 09:52 | 東日本大震災

除染の話。その1(うちの家の除染)

いよいよというか、やっと除染の順番が回ってきたようだ。
今日は市と業者と私の家の3者面談があった。

業者の人達が6人もぞろぞろとやって来て、あちこちの環境放射能値を測った。
中には関西なまりの人もいて、地元福島の人でないなと直ぐわかる。
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説明を受けながら庭木や植物を全部どけて除染した土を埋める場所を相談した。
こんな冬のカチカチの土をどうやって掘るのかと思ったら、うちの順番が来るのは、何と来年の3月頃らしい。最初の話では今年の9月と言ってたのに。

この除染のための説明会があったのが確か今年の4月頃。
着手するまで一年近くかかるわけだ。

とにかく何でも進むのが遅い。

しかも私の住む福島市は除染した土を置く仮置き場が無いので、終わった各家の敷地内にてんこ盛りになってる。

お隣の二本松市は、そういう場所が出来たので、ちゃんと運んでいるみたいだ。道路を走っていて見かけた。こうして除染した土を運んでいた。敷地内に無いのがうらやましい。
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こういう点も各市町村で対応がバラバラだ。
あの東電の原発から出たのだから、東電に返してあげたい。


敷地内に埋めてもらうのも、すでにやった人から聞いた話では業者さんがやりたく無い感じだったという。確かに手で掘ってケースに入れた土を何十箱も埋めるのだから仕事でなければ嫌だろうなと思う。


今日来た業者さんも「埋めても貯蔵施設が出来たら取り出すために運び易い場所に」とか言っていた。
しかし福島の人達はそういう風になるとは思っていないな。たぶん。

だんだんと、こうして諦めの気持ちだけが強くなっていくような気がする。
なんともやりきれない。
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by mismis10 | 2012-12-12 23:51 | 東日本大震災

トラウマ

【県民健康管理調査の基本調査】を書いて出したのは、去年の10月頃だった。
震災から7ヶ月も経ってから届いた書類に、手帳などを頼りに、ひとつひとつ記憶を思い出しながら書いて出した。

この調査表は、3月11日~7月11日までの4ヶ月間に「いつ」「どこに」「どのくらいいたか」などを記入して、外部被ばく線量を推計するのが目的だそうだ。
なんで4ヶ月の間なのか、よく分らない。
福島県民全員に、この調査をするのだという。

先日、その放射線医学県民健康管理センターの職員と名乗る人から「質問があるので、またかけ直します」との留守電が入っていた。
そういう所から電話が来るだけで嫌な気分になるけど、一体なんだろうと思った。
今日、家にいたら、またそう名乗る人から電話があった。

何を聞かれるのかと思いきや、私が書いた問診票の中に「給水車を待っていた時間は書かれてるが、場所が書いて無い」という。
フツーに考えたら、当時、給水車は限られた場所にしか来なかったのだから、一番近くの市役所の支所だと思うが、担当者は「個人で車で遠くまで行かれる場合もありますので」という。

更に「スーパーに買い物とありますが、このお店は何処の場所ですか?」と聞かれた。
近くの地元スーパーの名前をあげて答えたが、そういうのも洩らさず書くのかとちょっと驚いた。

だいたいにして、この基本調査、私の回りの人もほとんどが提出していない。
とても回収率の低い問診票なのだ。

「震災から何ヶ月も経ってから、あんなもん寄こしてもねぇ」とか
「完全なるデータ集めだもん。協力しない」。とか
「面倒臭い」とか
「当時の事なんか思い出したくも無い」

理由はさまざまだが、とにかく評判は悪い。

提出された数が少ない分、ひとりひとり丁寧に問診票をみてくれているのだろうか。
悪いけど、ヒマなんだろうか。

そういう事しか考えられない。
どうせ守ってなんかもらえないというトラウマが私の中にあるのかも。
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by mismis10 | 2012-08-31 22:30 | 東日本大震災

海岸線



いわき市方面に行く用事があって、波立海岸(はったちかいがん)を通った。

子供の頃、泳ぎに連れて行ってもらったり、ドライブしたりした海岸線あたりは、あの津波の傷跡が癒えず工事の途中のままだった。
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海沿いの道路に面した住宅跡は土台しか残っていないままの姿が続いていた。
とてもシャッターを切る勇気が無かったし、失礼に思えた。

東京電力福島第一原子力発電所から、約30キロ以上は離れている場所だ。
ここから北上して原発に近くなると、もっと凄い光景になっているのかもしれないと思った。
そちら側から走って来る車は、当然少なかった。

3.11の震災以来、もう一年と4ヶ月経ったが、まだまだ災害の跡は残ったまま。

用事が済んで、いわき市立美術館での北斎展を見て来た。
北斎の描く波の力強さよりも、むしろ怖さを感じた。

自然の力に、人間はあまりにも弱い。
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by mismis10 | 2012-07-23 00:47 | 東日本大震災