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フード付きスタジアムジャンパー


夜遅くになって暴風雨が去って、今は秋の虫の音が聞こえる。

ちょっと前のあの暑さは一体何処へ。
いきなり気温が下がったかと思えば、台風の影響で全国各地で被害が多く出ている。

何だか天災がとにかく身に沁みる。

夕方、実家から自宅へ帰る時も、
高速道路が通れ無くなっていた為に一般国道が凄い渋滞だった。

途中の道路では、ワイパーを一番フルに動かしても、
全然前が見え無いほどの土砂降りで「勘弁してよ」と思いながら運転して来た。

しかも地震後の道路復旧工事が完璧で無いので、あちこち水しぶきが上がり、
まるで車が水上スキーをしているようだった。

東京電力福島第1発電所の原子炉建屋やタービン建屋の地下に、
1日当たり200~500トンの地下水が、立て坑や壁のひび割れなどから流入している
という発表があったばかりなので、そちらも気になって仕方なかった。

夜の報道では大丈夫だというので、ひと安心。

そういえば、うちの家の玄関の脇の雨トイも、台風のせいか、地震でゆがんだせいか、
大きく外れてしまい、そこからジャージャーと雨水が直下して来た。

気づいたのが出かける寸前だったので一瞬迷ったが、
どうもそのままにしては置けず、大雨の中、はしごを持って来て自分で直した。

これが結構大変だった。

雨トイには、隣接している例の小さな森からの枯れ葉が詰まっていて、
それを取った上で、外れた部分を繋がなくてはいけない。

最初は、傘をさしてハシゴに上がったが、片手ではどうしようもないので、やり直し。
次に、フード付きのスタジアムジャンパーを着て再試行。

そういえば、この服、ずいぶんよく着たと思い出した。
いったんは処分しようかと思ったが、まだとって置いたこの服。

3・11以降の放射性物質が降り注ぐ福島市内を、
水をもらう時に並ぶ時も、ガソリンを入れに並ぶ時も、
食料を買うスーパーの行列の時も、夫の送迎の時も、避難して来た犬の散歩の時も、
ひたすら、このフード付きのジャンバーを着ていたっけ。

あの当時は、格好なんて構っていられなかった。

10日間も断水していたから、もちろんお風呂なんか入れない。
せいぜい、大事な水をお湯にして、タオルで顔を拭くのが最高の贅沢だった。

髪も洗え無いので頭もベタ付き、とても帽子を被っていないと人前に出れない。
しかし、あの頃は、みんなそんな感じで極めて衛生的で無い状態だったのだから、
おしゃれな格好なんて誰もしていなかった。

バーゲンで買ったまま、それほど着ないでいた服だったが、
放射性物資を家に持ち込まないように、ナイロン製の表面が良いと判断。
フードは絶対不可欠で、そういう意味ではベストな服だった。

ほんとに、コレばっかりを着ていた。

玄関の外で、毎回、ホコリを払うように、いちいちバタバタとさせた。
実際はホコリどころか、大変な物質を払う訳だが。

そして、家の中に入れないようにして吊るして、外に出るたびにこの服を羽織ったのだった。

これに、帽子とマスクで防御した姿が定番だった。
並んでいる人もほとんどが、そんなスタイルをしていた。

懐かしいそれを着て、また大雨の中ハシゴに上がり、
詰まった枯れ葉を取り除き、外れた雨トイを繋げた。

水浸しの泥が混じった枯れ葉には、
放射性物資が付いているのだろうかとちょっとだけ思った。
でもそんな心配をしていたら住めない環境。

雨トイがきちんと接続された事だけが喜びだった。

またお世話になったね。>スタジアムジャンバー。
by mismis10 | 2011-09-21 23:26 | 東日本大震災
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